出来ないことは人それぞれなのだから

虹城クレハ

第1話

「終わらない・・・課題が終わらない・・・」


「夏休みの課題をやらないあんたが悪いでしょ・・・」


放課後、私と友達の絵里は二人で教室に残っていた。

絵里の全く手のつけられていない課題を片付けるためだ。彼女一人では間違いなく終わらないので、私が監視役で一緒に残っている。


私も絵里も部活があったが、課題を優先させることに顧問は文句を言わないので、ありがたく休ませてもらうことにした。


時計の針は4時半を指し、授業が終わり一時間ほどが経過したこの学校に残っているのは部活がある生徒か、あるいは私たちのように課題に追われている生徒か。


「もう九月も下旬だよ?やばいって分かってたんだから、家でやればよかったのに」


「やってたよ!」


「やってないから残ってるんでしょ」


絵里の机には未だ白紙のプリントが数枚置かれている。

あまりの惨状に思わずため息が出てしまう。


「ついに先生から電話が来てお母さんにこっぴどく叱られてさ・・・完全に自業自得だから、落ち込むのもおかしいからね。初めからちゃんとやっとけよって話だよ」


「耳が痛い・・・」


絵里は全く進まない課題プリントに落書きを始める。

何だこの子は。学習しないな。


「ちょっと絵里。付き合わされてる私の身にもなってよ。落書きしてるなら帰るよ」


「あ、いや、ごめんって!やるから!教えて!!」


慌てて落書きを消して絵里は教科書を開く。

無意識に落書きを始めてしまっていたらしい。自分にも心当たりがあるから責められないけど、早く終わらせて欲しいから急かす。


しかし絵里が開いた教科書のページは全く見当違いなページであり、この子は何をしているんだろうと呆れがやってくる。


課題プリントの内容は数学の計算のみだ。

計算が出来ないとこの先何も出来ないからと先生はひたすら計算するだけの課題を出した。


「いいよね、悠は!計算得意だもん!一学期のテストだってさ!何もしてなくても高得点取って!!」


「そりゃあ小中で死ぬ気で計算してきたもん。昔勉強したからやらなくても出来んの」


「くっそー。私も塾通っとくべきだったかなー」


「はいはい。そんなこと言ってないでやる」


絵里が開いていた教科書を奪い取り、図形のページから、ありがたいことに公式が一覧になっているページを開いて絵里に返す。


「計算はつまづくところが人それぞれだから。授業でまとめて教えるのは結構無理があるんだよ」


「そうなの?」


私の言葉が意外だったのか、絵里はキョトンとした顔で聞き返してくる。


「そうだよ。個別授業でもしないと計算は無理。10人いたら、5人くらい途中から着いてけなくなると思う。高校のになったら尚更」


中学まではギリギリ行けたと思うけど、と付け足す。


「私以外みんなできると思ってた」


「そんなわけなくない?だとしたら飲み込みのいい子だらけで日本の未来は心配するまでもなく安泰だよね。出来るやつしか前に出ないし騒がないから出来ないやつが目立たないだけ。いるよ。できないやつは」


「悠に出来なかった時代は?」


「もちろんある」


「まじで」


私の大暴露に絵里は驚きを隠せないでいる、と思っているのがよく分かる。


「私は個別塾で教えて貰ってたから、先生が私のつまづきやすい所分かった上で教えてくれてたんだ」


「めっちゃいいじゃん」


「まあ結果として良かったけど勉強してるときは辛かったからね?一日100問以上解いてたんだから、嫌でも出来るようになるでしょ」


週2回というあまり多くない授業数だったが、本当に辛かった。もう二度と塾には通わないと心に誓っている。


「ひえっ・・・」


私のかつての勉強量に絵里が難色を示す。

勉強があまり好きではない絵里からすれば死んでも嫌だと思うだろう。


ふと今の外の様子が気になって視線を窓の方に向ける。

蛍光灯が教室中を照らしていてくれるから明るさで時間を感じることが出来ないので、まめに確認しようと思っていたのに、完全に忘れていた。


窓から空を覗くと、いつの間にか日が沈み始めていて、空のほとんどを紺が覆っていた。

遠くの方がオレンジ色になっている姿を見て、自分たちが雑談を長くやりすぎていたことを察してしまう。


「うわっ!やば、もう暗いじゃん。絵里、ほら教えるからやるよ」


「あと2枚両面印刷でありそうだけど大丈夫そう?」


「全く大丈夫じゃないから超高速で進めよう」

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出来ないことは人それぞれなのだから 虹城クレハ @kurehachan

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