第40話 落日 その1
柵木誠吾は、秘書の石間の運転で、今日宿泊するホテルへ向かっていた。
後部座席の窓からは赤々と燃える夕日が見えた。
子供の頃、この夕日を眺めるのが好きだった。
赤く燃え上がる太陽に雄大な力を感じ、心を奪われた。
だが、今はこの夕日が落日の象徴のように感じる。
同じものを見ても置かれている立場で感じ方は変わるものなのだなあと、柵木は車窓から見える夕日を見ながら思った。
「社長。私たちが初めて会った時のこと、覚えています?」
ホテルに到着するすこし手前で、石間が突然口を開いた。
「どうしたんですか、急に?」
「初めて会った時から、今月で丁度10年たったんですよ」
「10年? そうですか。レストランで会った時から、もうそんなに経ったんですね」
「はい。うちで働かないかと声をかけていただいた時、最初口説かれているのかなって思ったんですけど、まさか本当に採用してくださるとは思いませんでした」
「そうでしたね。ありがとう。ずっと私のそばで支えてくれて」
柵木は素直に感謝の気持ちを伝えた。
「この機会だから正直に告白します。私、初めてお会いした時から社長のことが大好きでした」
彼女の気持ちは、この間のホテルの一件で柵木も十分わかっていた。
しかし、自分は家族を裏切る気はなく、加えてこの混乱の中、彼女しかこの状況を切り抜けられる秘書はいなかったので、その後も今までと同じように彼女に仕事を任せていた。
「誰に対しても丁寧な応対。素敵な笑顔に中低音の声。まさに私の理想の男性でした。弱っているタイミングならモノに出来るかなって思ったんですけど、それも無理だとこの間分かりましたので、社長のことは諦めます」
彼女はカラッとした声色で、柵木に言った。
「すまない」
頭の中で懸命に言葉を探したが、今の柵木にはそれしか言葉が思い浮かばなかった。
「謝らないでください。余計悲しくなりますから」
「ああ」
ちょうど車窓から今日泊まるホテルが見え、柵木はよかったと心から思った。
天川はホテルの地下駐車場で、柵木たちが来るのを待っていた。
天川の読みでは、柵木ビルの人間は自分たちとずっと良好な関係を続けていくと思っていた。
ところが、鍛治田が全ての罪を被って世間に公表してしまった。
シノギの警備保障会社は事実上倒産し、光塚組も壊滅状態になった。
自分に残っているのは、もう復讐心だけだった。
天川の前を白いレクサスが通り過ぎた。
運転席では秘書の石間がハンドルを握っていた。
天川は拳銃を懐に忍ばせ車を降りた。
そして、車が向かった方向へ歩いて行き、角を曲がる所で懐から拳銃を取り出した。
「おっ、スミス&ウエッソンだ」
突然、右斜め後ろから男の声が聞こえた。
天川が振り返えると、そのタイミングで声の主である中年男は拳銃ごと天川の手をつかんだ。
これでは撃てない。
そう思った次の瞬間、天川は突然呼吸ができなくなった。
目の前にはもう一人眉の太い若い男性が立っており、その男が天川のみぞおちに拳を叩き込んだのである。
天川は苦しさのあまり拳銃から手を離し、体をすこしかがめた。
すると、その眉の太い男は、今度は横に回り、天川の背中に肘を叩き込んだ。
天川は地面にうつ伏せの状態で倒れ、起き上がれなくなった。
「諦めろ、天川。チェックメイトだ」
天川の拳銃を手にしていた中年男性が口を開いた。
もう一人の眉毛の太い男の方は、天川の手に拘束バンドを巻いていた。
「映像は撮れたか?」
「ばっちりです」
中年男性の呼びかけに、若い女性と思われる声が聞こえた。
「じゃあ、警察と社長に連絡を」
「了解」
女性はすぐに中年男性に言葉を返した。
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