第19話 聖女の奇跡

 リシャールは大急ぎで祈りの間に引き返した。


「す、すいません、セイラの姿がどこにも見当たらないんです...」


「な、なんですと!?」


 ゴドウィンの声が上擦る。


「神殿内を隈無く捜索して貰えませんか? 私は街の方を見て回ります」


「わ、分かりました。皆さん、お聞きの通りです。手分けして探しましょう」


 神殿関係者が慌てて出て行く様子を見ながら、リシャールは歯噛みしていた。


 (セイラ、どこに行ってしまったんだ...)



◇◇◇



 一方その頃、セイラは路地裏に潜んでいた。衛兵をやり過ごすためである。


「どうやら撒いたみたいだな。もう出て来ても大丈夫だぞ?」


 そう言って後ろを振り返る。そこに居たのはさっき理不尽な暴力から助けた少年だ。少年は恐る恐るセイラの側に来る。


「お前、名前は?」


 少年は蚊の鳴くような声で言った。


「ルイ...」


「ルイか。何歳だ?」


「8歳...」


「なんで盗みなんて働いた?」


 ルイの声がますます小さくなる。


「お腹が減って...」


「親はどうした?」


「居ない...」


「死んだのか?」


「分からない...」


 ルイの声が悲しみに満ちた。


「今、どうやって暮らしてる?」


「ゴミ拾いとか残飯漁りとか...でもここ最近、どれも調子悪くて食えなくなったから仕方なく...」


「腹減ってんだな? こんなもんで良かったら食え」


 そう言ってセイラは屋台で買った食べ物を与えた。 


「い、いいの!?」


 途端にルイの声が喜色に溢れる。


「ありがとう!」


 夢中でかぶり付くルイを優しく見守りながらセイラが尋ねる。   


「この街に孤児院はないのか? お前くらいの歳の子供なら入れるはずだろ」


 するとルイは首を横に振って、 


「定員オーバーだから入れられないって言われた...」


 セイラは顔を顰めて、


「なんだそれ...ひでぇな...だからお前、そんな汚ねぇ格好してんのか」


 ルイの格好は酷い有り様だった。風呂に入れないからだろう、髪は汚れてボサボサで、服も汚れては継ぎ接ぎだらけで今にも破れそう。近くに寄ると饐えたような匂いがする。


「ちょっと待ってろ。今、キレイにしてやるからな」 


『クリーン』


 セイラが呪文を唱えると、ルイの体が光に包まれた。光が消えるとルイの体と服から汚れがキレイに消えて、髪もサラサラになった。匂いも消えた。


「お、お姉ちゃん、これは!?」


「あぁ、汚れを落とす魔法だよ」


「凄いよ! こんなにキレイになった! ありがとう!」


「気にすんな。それよりルイ、お前痩せてんなぁ。食うに食えなかったんじゃ仕方ねぇか。待ってろ。気休めにしかならんが、せめて回復しといてやる」 


『グランドヒール』

 

 その瞬間、光が爆発した。光の奔流は王都全体にまで広がり、病や怪我に苦しむ全ての人を立ち所に癒してしまった。後に『聖女の奇跡』と人々から讃えられることなるこの現象。その原因となった本人は、


「あ、ヤベ...また間違えた...」


 と、頭を掻いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る