ジンセイマラソン

あーく

ジンセイマラソン

「お困りですか?」


「うーん、俺今年で大学卒業なんだけど、ちょっと道迷っちゃって。前に道がいくつかあるんだけど、どの道を選んだらいいか………。」


「ふむふむ。それでしたらこちらの道はいかがでしょうか?」


案内人は右の道を指差した。


その道は、舗装ほそうされて整っている上、転落防止用のガードレールが設置されている。


「こちらは多くのランナーが通る道です。安全性は確保できますが、道路標識の指示に従わなくてはなりません。」


「うーん。ちょっと行きづらいかもなぁ………。なんか見たことない標識がいっぱいあるし………。」


「それではこちらはどうでしょうか?」


案内人は左の道を指差した。


その道はとても狭く、荒れていて、とても人が歩けるような道ではなかった。


一歩踏み外せば下へ真っ逆さまだ。


「こちらの道を通るランナーは少ないですが、有名人の多くがこちらの道を選び、富と名声を手にしています。」


「富と名声か………。でも危そうだしなぁ………。」


「どうしますか?」


「道全体を見渡すことができないのか?」


「それはできません。それがこのマラソンの醍醐味だいごみですから。」


「よし!決めた!」


自由がなくなることを恐れた男は、左の険しい道を選んだ。


道の前には立て札が置いてあり、『ミュージシャンコース』と書いてあった。


「いってらっしゃいませ〜。」




大学卒業後、ミュージシャンを目指した男は、作曲活動にとりかかった。


しかし、世の中そんなに甘くはなかった。


ストリートライブを行ったり、曲をネット上にアップロードしたりしたが、泣かず飛ばずだった。


やがて、男は音楽に対する情熱をなくしてしまった。


「お困りですか?」


「また君か。もう俺はダメだ。どうせどんなに頑張っても報われないんだ。」


「じゃあここで終わりにしますか?」


案内人は下を指差した。


道から一歩横にはみ出ると、下には底無しの暗闇が続いている。


「下ではなく、前をよく見てください。あなたには選べる道がまだあるはずです。」


男はふと前を見た。


すると、男は目の前にはいくつか道が広がっていた。


舗装された道や険しい道。


もちろんこのまままっすぐ進むこともできる。


男は今度は舗装された道を選ぶことにしたが、違和感があった。


「あれ?舗装された道ってこんなだったか?」


「こちらは整備がされていなかったため、少し老朽化が進んでいます。整った道は他にもありますが、人並みならぬ努力が必要です。一度険しい道を断念したあなたには難しいでしょうね。」


「そんな………。でも、この先どうなるかわからない道をこのまま進むわけにはいかないな。」


男は老朽化が進んだ舗装された道を進んでいった。


道の前には立て札が置いてあり、小さく『■■■■企業コース』と書いてあったが、薄汚れていてよく読めなかった。


「いってらっしゃいませ〜。」




それから何年か経った。


どこまで歩いても同じような景色。


平坦な道がどこまでも続いていた。


ちゃんと前に進んでいるのだろうか。


男ははいつしか、心身共に疲弊していった。


もう歩けない。歩く気力もない。


しかし、道路標識は『歩け』と言っている。


「お困りですか?」


「またお前か………。いい加減にしろ!!」


「どうしたんですか、急に?」


「お前が道を選べって言うから進んでみればこのザマだ。そのせいで俺はこんな目に――」


「知らねぇよ。」


「なんだと!?」


「自分が選んだ道だろ?自分で責任持てよ。子供じゃあるまいし。」


「きさま!!」


男は案内人の胸ぐらを掴んだ。


「いちいち私につっかかる体力があるのか?

この先、配偶者と子供を背負いながら歩く『一家の大黒柱コース』もあるし、親を背負いながら歩く『介護コース』もあるぞ。」


「っ!!」


男はゆっくりと手を放した。


男の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「前が………見えないんだ………。どう頑張っても………。道が………。

標識もめちゃくちゃで………。指示もバラバラで………。

そうだ!この道を引き返せばいいんだ!この道がこんな大変だってわかってたら選ばなかったはずだ!だから、あの分岐点まで——」


「ダメに決まってるだろう。そんな甘えが通用すると思うか?

他のランナーも先の見えない不安に怯えながら道を選び、進んでるんだ。お前だけ特別扱いなんて不公平だ。」


「………。」


「いいことを教えてあげよう。このマラソンは戻ることはできないが、いくらでも休むことができる。目の前が暗くなったら立ち止まるといい。そうすれば、今まで見えなかった道が見えてくるだろう。」


「………いや、ダメだ!俺はこの標識に従わなければいけない!道路標識が『歩け』って言ってるんだ!」


「話を聞いてなかったのか!?」


「大丈夫。ほら、見てくれ!目の前に選択肢が増えたぞ!ほら!」


目の前には道が広がっており、男はその中の一つを指差した。


道の入り口には小さな立て札が立ててあり、『首吊りコース』と書かれていた。


「お前!立て札は読んだのか!?」


「立て札なんてあったか?」


「とにかくダメだ!その道は――他にも道が――」


案内人は他の道を見渡した。


すると、様々な道の前に立て札が用意されていることに気付いた。


『ビルの屋上から飛び降りコース』『電車に飛び込みコース』『崖飛び降りコース』『リストカットコース』『くすり漬けコース』『練炭コース』………。


どの道も先はなく、途切れていた。


「待って!もっとよく考えろ――お願いだ!」


「この道、途切れてるのが見えるから、もうそろそろゴールなんだろう。俺はもう疲れた。早くこのマラソンを終わらせよう。」


「やめろ!!」


男は案内人の言葉に聞く耳を持たず、そのまま歩いて行ってしまった。


そして崖から滑り落ち、暗闇の中に吸い込まれていった。







「………。」


「こんにちは。お世話になった案内人です。完走のお祝いに来ました。」


「………。」


「――よく最後まで走り切りましたね。完走おめでとうございます。ゴールインです。

――まさか、こんな形でゴールを迎えることになるとは思っていませんでしたが。」


「………。」


「――失礼。あなたはもう話すことができませんでしたね。

さて、あなたの次回の『ジンセイマラソン』ですが、新しく始まりを迎えようとしています。

安心してください。閻魔様の情報によると、次は裕福な家庭に生まれるそうです。

今度は途中で投げ出さないで下さいね。

もうしばらくすると、『赤ちゃんコース』が始まります。

それでは頑張ってください。」

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ジンセイマラソン あーく @arcsin1203

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