第7話 想定の範囲内らしい

ジュードが成人して初めての夜会から約10日。

友人たちと楽しく過ごせるお茶会が開かれ、私はいつものように馬車で出かけて行った。


けれど、そこで待っていたのは友人らによる質問攻めだった。


「もう、教えてくださればよかったのに!ジュード様との正式な結婚はいつなんですの?」


「どのようにして姉弟から恋人になったのでしょう?プロポーズの言葉はなんと?」


「婚約式は略式ですの?両親から、いつ頃に婚約祝いを贈ればいいか聞いてくるように言われましたの」


一体なんのことだかわからない私は、皆の勢いに呑まれてオロオロするばかりだ。


「け、結婚?結婚って誰と……?」


まったく話についていけていない私を見て、皆はきょとんとした雰囲気になる。


「え?だって先日、お二人で仲睦まじく何曲も踊っておられたではないですか。ジュード様はずっとルーシーだけを愛おしそうに見つめておられましたし、てっきりもう婚約が調ったのかと思ったのですが違うのですか?」


「えええ!?」


なんていうことだろう。

義弟が私のダンスレッスンなんかを夜会でしてしまったがために、大いなる勘違いをさせてしまっていた。


私が事情を説明しても、皆はまったく信じてくれなかった。


「手続きやら親戚への根回しやら、今はまだ何も言えないということですわね。わかっております。わたくしたちだって貴族令嬢ですもの」


「いや、そうじゃなくて」


「はぁぁぁぁぁ、本当に素敵でしたわ!お二人が踊っておられる姿……!わたくし、こういうお話大好きですのよ、禁断の愛とか真実の愛とか、秘めた恋とか」


いえ、まったく秘めていません。掘ったところで私とジュードの間には、姉弟愛しかない。


「でもジュード様って、クールに見えて実はおかわいらしいところがありますのね!ご自身が成人なさったらすぐにルーシーを独り占めなさるなんて……!」


「待って。それは聞き捨てならないわ!ジュードのかわいさは辛辣な言動の後に繰り出される優しさが漏れだした言葉であって、さらに言えば照れて顔をそむけたときに見せる右斜め四十五度からのはにかみ顔が特にかわいらしいの。それからほかにもあって、動物が苦手なのに猫に触れたくてこっそり視線を送っては興味ないそぶりをしつつ、菓子で釣ろうとしている横顔なんて最高にかわいいわよ!」


「もう、ルーシーったら照れて話を逸らすなんて~。もっと教えてくださいませ、お二人がどのように愛を深めていったのかを」


だめだ。

皆が目をキラキラさせている。

どれだけ私が否定しようとも、友人たちの間ではジュードと私は結婚するんだということで決まってしまっていた。


お茶会は流行りのファッションや観劇の感想、お勧めの本などの情報交換もされるけれど、そのほとんどが恋バナや社交界をにぎわしている噂などが会話を占めるので、私とジュードのありもしない恋バナでも十分に皆は楽しめるようだった。


「結婚式は長いヴェールを仕立てるのが流行りですけれど、ルーシー様は銀の髪がとてもおきれいですから、最高級の真珠がたくさんついた薄青のショートヴェールがお似合いになりそうね」


「ドレスはもちろん、マダム・シルフィーヌのデザインでしょう?早く見たいわ~」


話はどんどん進んでいって、最終的には私たちの間に子どもが2人生まれるところまで続いた。何度「姉弟なんですが……?」と制したかわからない。


ここまでくると、最後には他人事のようにふんふんと聞き役に徹してしまった。


あっという間に二時間が経ち、そろそろお迎えの馬車が各家から到着し始める。


「楽しい時間は早いですわね~。この後、婚約者と会食ですの。皆さん、また集まりましょうね」


「「「ええ、ごきげんよう」」」


一人、また一人と友人が帰っていく。

そして残りは四人となったとき、まさかの人物が私を迎えにやって来た。


「お久しぶりです。皆さん。姉を迎えに参りました」


爽やかな笑み、外面バージョンのジュードが優雅に登場したのだ。

あまりにキラキラと輝いているように見え、思わず「うっ」と目を瞑る。


「きゃあっ!ジュード様、ようこそいらっしゃいました!」


「ルーシーのお迎えにわざわざいらっしゃるなんて、やはりご結婚の噂は本当ですのね!」


待って。

盛大な誤解をジュードにまで言わないで。

ところが私がすぐに否定しようとした瞬間、座っている私の肩にそっと手を置いたジュードがにこやかに告げた。


「噂は噂ですよ。ただし、本当であればいいと思うことも世の中にはございますが」


「!?」


ジュードは何も間違ったことは言っていないけれど、こんな言い方をしたら私たちの噂が本当であればいいという風に聞こえてしまう。

友人らはものの見事にそう受け取り、頬を赤らめて「やっぱり」とうれしそうに微笑んだ。


絶句する私の手をさらりと握ったジュードは、麗しい笑顔を向けてくる。


「さぁ、ルーシー。遅くなる前に帰りますよ。それでは皆様、どうか姉をまたお誘いください」


「「「はい!!」」」


何がどうなってこうなったのか。

どうしてジュードは誤解をさせるようなことをしたのか。


わけがわからなくて戸惑っているうちに、停めてあった馬車に乗せられ「バタン」と扉が閉まる音がした。


一体なんなの?

どうして誤解を招くようなことをするの?


「「………………」」


気づいたら隣にいたジュードは、私の手を握ったまま足を組んで座っている。

ゆっくりと動き出した馬車の中、ジュードの真意がわからずじっと横顔を窺っていると、彼はぽつりと呟くように言った。


「ここ意外に遠いよね。今度からはうちでお茶会をすればいいよ」


「え……?遠いって、ジュードはどこから迎えに来てくれたのです?」


「学院から直接」


王都の端と端ではないか。

私が驚いた顔をしたせいか、ジュードは気まずそうに目を伏せた。


「別に、ついでだから。ついで!わざわざ来たわけじゃないからな!」


「っ!!」


何それ、出かけたついでってこと!?そんなのあり得ないから!

ついでの距離じゃないし、私を迎えに来るはずの馬車に連絡をしてそれを帰らせてまで迎えに来たってことでしょう?


「もしかして、心配してくれたんですか?途中で何かあったらって」


「…………悪いの?」


じろりと睨んだ顔はやや朱に染まっていて、きゅんとしすぎて胸の中心が握り潰されるかと思った。

またもや神々しい風が吹き抜けていき、そっと目を閉じると天国の扉が見えかける。


「ちょっと、ちょっと!」


「はっ!?すみません、旅立っていました」


いけない。

平常心を心がけなければ!


背筋を正してキリッとした表情を作ろうとするも、恨めしそうにこちらを見るジュードの前では彼が尊すぎて頬がふにゃりと緩んでしまう。


「で、何か聞くことはないの?」


しばらく馬車に揺られていると、ふいにジュードがそんなことを尋ねる。

義弟のツンデレにやられてすっかり自分を見失っていた私は、その言葉でさきほどの珍事をようやく思い出した。


「そうだわ!さっきはどうしてあんなことを?皆が誤解してしまいました」


「誤解ねぇ」


「はっ、それに噂をどうにかしなくては!私とジュードが結婚するなんて、早く否定しないと大変なことになるわ」


オロオロする私を横目に見ると、彼はいつも通りの冷たい口調で言った。


「大変なことって?」


「それは、その、ジュードの想い人が勘違いしてしまったり、私に縁談が来なくなって嫁ぎ先がなくなったり、えーっと色々問題があるでしょう!?」


この際、私のことは置いておこう。

ジュードの恋だけは邪魔したくない。


どうしたら噂を消せるだろう。俯いて真剣に考えていると、おもむろに右手が持ち上がる。


「?」


なんだろう、と横を向くと、ジュードは繋いだ私の手を口元へ持っていき、その甲にチュッと軽いキスをした。


「ふえっ!?」


何かの間違いとも思ったけれど、しっかり瞼を閉じて明らかに意図的にキスをしていた。

しかも指を絡めて握り直し、愛おしいという感情を込めた目で私を見つめてくる。


ドクンと心臓が激しく打ち付けた私は、猛烈に逃げ出したい衝動に駆られて慌てて手を引いた。


「ルーシー」


「!?」


いつもの呼び方じゃない、甘い声で名を呼ばれるともう限界で。

奪い返した右手を左手で押さえ、顔を真っ赤にして「なっ」とか「あっ」とか意味を持たない擬音を口にすることしかできなかった。


ジュードは意地悪い笑みを浮かべ、高圧的に言う。


「わざわざ迎えに来てあげたんだから、これくらいご褒美があってもいいんじゃない?こんなの夜会で何度もされているくせに」


「!」


私は眉に力を入れて訴えかける。


「わざわざ迎えに来たって、今認めましたね!?」


「そこ!?拾うのそこ!?」


いや、だって。さっきはついでって言っていたから、気になってしまった。


「えーっと、後はそうですね。え?え?ご褒美って?」


ご褒美ってそれは誰に対する?

どこかのお姫様じゃあるまいし、「私の手にキスをさせてあげましてよ、おほほほ」なんて思える私ではない。


「何を言っているの?ジュード、今日はちょっとおかしいわ」


混乱する私。

ジュードは私の長い髪を一束するっと掬うと、それをクルクルと指に絡めて弄ぶようにした。


「もう隠さないって決めただけ。ルーシーは放っておけないって、改めて思ったからね。噂のことも、こうなるってわかってたから予想の範囲内」


どういうことなのか。

夜会のときから、全部わかっていたってこと?


「実の姉弟であっても、ほかの誰とも踊らずに二人だけで何度も踊ることは絶対にないよ。特に、成人して最初の夜会ではね」


「でも、ジュードは私のための練習だって」


「言ったよ。そうしなければ、ルーシーがほかの男のところへ行ってしまうと思ったから……って、そんなうれしそうな顔しないでくれる!?どうせ『そんなにお姉様のことが好きだったの?』みたいに思ってるんだろう!?違うからな!」


ちょっと期待した私は、残念な気持ちになった。やはりまだ姉とは認めてくれていないみたい。


コホン、と咳払いをして仕切り直したジュードは、話の続きを始めた。


「成人して最初の夜会は、男にとっては運試しみたいな面があるんだ。想い人をダンスに誘って、一曲目は社交辞令、二曲目は求婚。三曲目はそれを受け入れてくれた証になる」


「なにそれ……!」


「ルーシーのことだからすっかり忘れていたんだろう?もしくは『一曲しか踊っちゃいけない』って思い込んでいたとか」


正解だった。

確かマナーの講義で色々覚えることが多すぎて、とにかく踊るのは一人に対し一曲だけという覚え方をしていた。


それに、今まで私に対して二曲目を誘ってくる人はいなかったから。


「どうして……?」


「どうしてって、ルーシーを誰にもあげたくないから」


見つめ合ったまま、沈黙が流れる。

唇が震え始め、何か言わなくてはと思うほどに言葉が出ない。


誰にもあげたくないって、そんなのまるで私を好きみたいじゃない。


混乱を極める私の手を取り、ジュードは淡々と告げた。


「姉だなんて認めないって、最初に言ったよね」


「言われ、ました」


「姉だと思ってしまったら、ルーシーと結婚できないじゃないか。だから絶対に認められないって思った」


「そんな」


これまでずっと一緒にいたけれど、ジュードのことをそういう風に考えたことはなかった。

ただかわいい義弟に好かれたいって、そればっかりで。


私がこれまで築き上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れるような気がした。


「君に会うまでは、孤児院から公爵家に来てうまくやっていけるかって心配していたんだ。姉とはもちろん思っていなかったよ、事実としてハトコなんだし……。手紙をもらううちに、一生懸命がんばってるんだってどんどん惹かれていった。会ったこともないのに」


「でも、お姉様ができてうれしいですって手紙には書いてあったわ」


あれは最初に交わした手紙の一文。

うれしくて堪らなくて、「あぁ、しっかりした姉になろう。立派な令嬢になろう」って思った。


「あれは社交辞令だよ。いきなり『姉とは思えませんがよろしく』とは書けないでしょう」


確かに。

それに私が養女になった当時、ジュードはまだ八歳だった。少年なりに気を遣ってくれたのが想像できる。


「五年間、手紙のやりとりをしていて、どんどん君に会いたくなった。やっと会えたあの日、目の前に現れたルーシーは笑顔で迎えてくれた。想像以上にかわいくて、何よりも公爵家の嫡男としてしか見られていなかった僕のことをまっすぐに見つめてくれたその目が気に入ったんだ」


唖然とする私は、今にも卒倒しそうなほど衝撃を受けていた。

そんなにずっと前から私のことを……!?


「あの、このことは……おじさまたちは」


「知ってるよ?もちろん。初めて会った日の夜、父上には『ルーシーと結婚してもいいか』って聞いたからね。まぁ、婚約は『ルーシーの気持ちがジュードに向いたら』って返事だったけれど、今のところ両親ともに応援してくれているよ」


ジュードは私の耳元に顔を寄せ、くすりと笑って囁く。


「だから、噂なんていちいち否定しなくてもいいんだ。僕が卒業するまであと一年、その間にルーシーを口説き落とせれば問題ない」


いえ、問題しかないんですが!?


「私は……」


「言わせない」


「っ!?」


頬にチュッと軽くキスをされ、私は飛び上がるほど慌てふためいた。


座席の端まで逃げると、ジュードはあははと軽い笑い声をあげた。


「弟としか思っていない、なんて言わないで。これから先、まだ時間はあるんだから」


かわいい義弟が、なんだか知らない人に見える。

体格や声が男らしくなったことはもう随分前からなんだけれど、今目の前にいるジュードは知らない男の人に思えた。


「………なの」


「え?」


目を瞑り、涙ながらに私は叫んだ。


「私はツンデレのジュードが大好きなのー!!こんなの私のジュードじゃないぃぃぃ!!」


「はぁぁぁ!?」


成人と共に薄れゆくツンデレに未練たらたらの私は、邸に着くまでずっと大号泣だった。

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