第4話 ―《神創終焉》―


  ◆



「じゃあ、始めましょう」


「うん、そうだね――ボクが先に行くよ」


「お前が?――そうね……じゃあ、お前が行ってきてください」


「わかった!ずっと、この日を待ってたんだよ――」


「じゃあ、成功させてきてくださいね。」


「神の名のもとに」



  ◆



「第七層級の、〈邪神〉……だと?」


 ヤグモ以外の全員がどよめきとともに彼女を見た。

 皆はヤグモが言った言葉を理解できず、目を揺らしている。


「まてまてまて、話が急だ。ヤグモ」


 漆葉は皆を代表するかのように、そして珍しく焦った顔をして言った。


「ン……急だと言われてもなあ、イリヤダスト。確認したことを言っただけなんだが?しかもちゃんと前置きはあったぞ?」


 漆葉は少し間を開け、腕を組んだ。


「しかしだなあ。……そういや、お前はここ一か月で〈敵〉を感知したのか」


 ヤグモは真剣な眼差しでこちらを見る。


「ああ。それも第五層級の〈悪魔〉が三体と第六層級の〈邪神〉を感知した。それも一度に、だ。いずれも仲間の魔術奏者とともに討伐したがな」


 再度どよめく。第五層以上の〈敵〉が出ること自体が珍しいのに、一度に四体。よくそれを討伐できたものだ。改めて彼女が〈七天魔軍〉ということを感じる。

 ……まて、一度に四体もの〈敵〉の出現。そして第七層級の〈邪神〉の確認。

 彼女の言いたいことが分かった。ヤグモが言っていること、それはつまり――


「わかったぞ――お前の言いたいことは、≪神創終焉ラグナロク≫が近いうちに起こるということだな⁉」


 ≪神創終焉ラグナロク≫、それは一般的に『神々の黄昏』と呼ばれる北欧神話の世界における終末の日のことである。だが元来の語義は「神々の死と滅亡の運命」。この世界における『ラグナロク』は後者。しかしただ一つ違う点がある。それは漢字の通り、「神々の死と滅亡の運命」ということ。神々が死に滅亡するのではなく、我々地球上の生物を殺し、滅亡させる。歴史上≪神創終焉ラグナロク≫は一度だけ起きたことがあり、地球上の人口がおよそ二千人程度まで減少したそうだ。勿論今そんなことが起きたら確実に人類、いや地球上の全生物全てが絶滅するだろう。

 皆がざわめく。中には「≪神創終焉ラグナロク≫なんて……」と否定する声もあれば「そんな……嫌だよ――」と今にも泣いてしまいそうな声も聞こえる。


「――なるほど。≪神創終焉ラグナロク≫ですか。久々に聞きましたよ、ヤグモさん」


「ああ。可能性があるってことだ。だが高い確率で起こるだろう」


 カナリは頷いて、薄い水色の魔法陣を背後に三つ展開した。

 それぞれ魔法陣は漆葉、花厳そしてヤグモに向いている。

 ≪薄氷うすらい斬撃ざんげき≫という二つ名の通り、魔法陣からはギリギリ見えるかどうかくらいの薄さの氷の刃をのぞかせていた。彼女は冷静だった。


「「⁉」」


 花厳とヤグモは驚きの表情とともにカナリを睨む。


「カナリ!どういうことだ!我々を裏切るのか⁉」


 花厳は真剣な顔をして対抗するように桜色の魔法陣を展開する。


「裏切るわけではないですよ――あなたたちならわかってくれると思ったんですが。ですよね?イリヤダストさん」


 全員が漆葉のほうを向く。漆葉は笑った。


「ああ。……お前らもわかってやれよ。ムイ、魔法陣を閉じろ」


 花厳は漆葉を見つめながら、手を震わせ魔法陣を閉じた。


「――⁉イリヤダスト!お前……なぜだ⁉」


「大丈夫だ。……おいカナリ、お前、やれるだけの技術はあるんだろうな?」


 周りの皆は冷や汗をかいてこの状況を見ている。意見をしたくても、この状況で言葉を発することは難しかった。


「フ――私はこれでも〈七天魔軍〉の一人ですよ。できるに決まっているじゃないですか」


 カナリは上品な笑顔でそう言い、右手を前に出す。


「では行きます。――貫きなさい、『氷刃アークェリ』」


 氷の刃は三人のほうへ真っ直ぐに放たれた。

 だが、三人に当たることはなかった。

 サクッ、と雪を切るような音がそれぞれの後ろから聞こえた。それと同時に悲鳴が聞こえた。

 後ろを見ると、三人の魔術奏者の顔に氷の刃が刺さっていた。


「どういうことだカナリ!関係のない人を殺すとは……貴様狂ったか!」


「そんなに怒るなよヤグモ。こういうことだ」


 漆葉は苦笑いしながら言う。

 三人は顔から血を流し後ろに倒れたと思ったとき、死体が煙に変わり、消えた。

 そしてその煙は中心に集まり、人の形を作った。だがその姿は人であり、人でなかった。見た目は小学校高学年くらいの子供だが、肌は褐色で背中からは蛾の翅が生えていた。


「うー、見つかっちゃったかあ。やあ、ボクはイラ。第七層の〈邪神〉だよ」


 周りの全員が魔法陣を展開し、いつでも戦闘ができるように構えている。


「あわわ、今は戦うつもりはないんだ。負けちゃうからネ。挨拶だよ、挨拶」


 蛾の翅を生やした子供は笑って言った。

 そして漆葉は言う。


「何をしに来た?さっきの話を聞く限り、殺されに来たわけじゃなさそうだが」


「当たり前でしょ、こんなところに殺されに来るバカはいないよー。話し合いに参加したかっただけ。ただ、一つだけ言ってあげる。ふふーん、優しいでしょー」


「もったいぶるな。さっさと言え」


「うん、≪神創終焉ラグナロク≫は……」


 そして子供は玩具おもちゃを買ってもらった時のようなとびきりの笑顔を見せ、言った。


「≪神創終焉ラグナロク≫は、もう始まってるよん?」


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