第1章:第7話 鎮魂の翼礼
「主よ、今ここに新たなる僕を貴方の御許に委ねます。願わくば、主の御腕に抱かれしエリザベス・キャスカの魂に永遠なる安息がもたらされます様に」
天空の中心部エルトゥワース宮殿中央のセリア棟の中庭に建つ大聖堂。今ここでは3日前に殉職したエリザベスの『昇天式』が執り行われていた。
ゴーストワーカーの管理課、総務課等の有志に拠って結成された聖歌隊のコーラスが、荘厳さともの悲しさを伴ったパイプオルガンの旋律に合わせて響き渡っている。
「僕、こんなに寂しい昇天式、初めてです…」
普段の黒いスーツ姿とは異なり、白のガウンに真紅のストールを垂らした祭服のアリステアのボヤきはいつもの弱音とは違う。そして彼女のボヤきを諭してくれる親友は…もういない。
「…そうだな。本来なら壇上の中央から霊魂が光の中を昇っていく筈だもんな…」
ラルフィエルが目を閉じながら噛み締める様にアリステアに返した。
「さぁ、召されし魂に最後の別れを」
司祭を務める天使に促され、花が散りばめられた棺の中のエリザベスの亡骸に順に挨拶をしていく一同。その最後は、アリステアだった。
「エゼ…」
否が応にも込み上げるエリザベスとの思い出。実習生の寮でも同室だった彼女は、寝食を共にした仲間以上の存在だった。
ゴーストワーカーの夢を語り合った無二の親友、だったのだ。
「僕が悩んでいる時のお説教とかさ…【そういう時は基本に返ったら良い】って言ってくれたよね…」
エリザベスを見ている視界がぼやける。
「僕が喜んでる時は…【喜び過ぎは後がしんどいわよ】って言ってくれたりしたっけ…」
ぼやけた視界が晴れたのは溜まった涙が零れたからだ。
「僕が…ぼ、僕が、何をしてても…助けてくれた…。それなのに、ぼ、僕…僕…僕は…」
棺の淵を掴み、嗚咽するのを必死に堪えた。
「エゼ…僕は…僕は、立派な…ゴーストワーカーになってみせるよ、必ず…!」
鼻を啜りながらエリザベスに顔を近付け、目を閉じて額と額を合わせた。
「さようなら…エゼ…」
席に戻ったアリステアを隣からラルフィエルとフローラが心配そうに眺めていたが、その健気な態度に無言で目配せをして一言も声を掛けようとはしなかった。
「一同、起立。『翼礼』!」
霊魂を送り出す昇天式の慣例に則り、司祭の号令と共に、参列する天使達が各々の翼を現出させる。大聖堂に羽ばたく翼の音が響き渡った。
アリステアはまだ翼を自在に出せる訓練は受けていない為、翼礼は出来ず、黙祷を捧げるだけだ。と、自分では思っていた。
「…あ、あれ?どうして…翼が…!?」
「立派に生えてんなー。お前、意識して出せるのか?」
「い、いえ。黙祷をしてたら…自然に」
「自然に翼が出せる、なんて聞いた事ないわね…」
戸惑いながら自分の背の翼を眺めるも、パイプオルガンの旋律で正面を向き直し、ぎこちなくもラルフィエルやフローラを真似て翼を羽ばたかせた。
「エゼ…ありがとう…」
昇天式が終わり、大聖堂を後にしたアリステアの顔は終始無言だった。
だが、宮殿中央のセリア棟と東のウェルナ棟との吹き抜けの渡り廊下で、ふと疑問を投掛けた。
「あの…ファラさんはどうなるんですか…?」
ラルフィエルとフローラは直ぐには答えなかった。そして、立ち止まって煙草に火を付けて煙をくゆらせながらラルフィエルが口を開いた。
「あの後な、セキュリティが来て警備課の現場検証が始まったのはお前も覚えてるよな」
「はい。僕がファラさんを介抱している傍らで始まってましたね」
「あの裏でフローレスがな、他の実習生とリフジーズに別の会議室で話してくれてたんだよ」
「フローレスさんが…?」
アリステアがフローラの方を見ると、彼女は腕を組みながら廊下の柱にもたれ掛かって自虐的に苦笑していた。
「実習生やリフジーズには、【今回起こった事故に関してこの場にいる者以外への口外を禁止します。これは上層部からの箝口令です。もし破れば、天空の治安を乱した廉により直ちに強制昇天の対象になります】って言ったの」
「え…!ほ、本当ですか…!?」
「怖い怖い…あーおっそろしい~…!」
「これ位脅しを掛けないと、いつポロっと漏らしちゃうか分かんないしね」
「だな。さすがレベル・ルージュの方は仕事が早い早い」
「という事は、エゼの件は―――」
「事故だ。神具の取り扱いを誤った実習生に拠る事故、として処理された。調書も監督者である俺達から取ってあるからお前は何も心配しなくていい」
「事故…ですか」
「お前にとっちゃ煮え切らねーだろうが、堪えてくれ」
「あ、いえ。ファラさんを追い詰める様な事を言ったりはしません。エゼもそんな事を望んでないと思いますし」
「…ありがとよ」
「ただ、ファラさんが…ファラさんの心が心配です…」
「ガイルークさん…」
アリステアは少し俯きながら2人にではなく、自身に問い掛ける様に思いを吐露した。
「ファラさんは生前あんなに酷い目に遭って、亡くなってからも未練を断ち切れないまま天空に連れて来られて、そして自分のせいで無関係な他人を犠牲にしてしまった…。彼女の心は、果たして大丈夫なんでしょうか…?」
「…アリステア…」
ファラを慮るアリステアの横顔をじっと見つめるラルフィエル。吸いかけの煙草から灰がポロリと零れ落ちた。
そして、おもむろに吸い直してから煙を口内に溜め込み、勢いよくアリステアに噴き掛けた。
「ゲホゲホ、ゲホッ!な、何するんですか!!」
「変な奴だな、お前(笑)」
「ちょ、また噴き掛けるのは止めて下さいって!ゲッホゲホ!!」
「ガイルークさん、ラルちゃんはね、あなたが気に入ったみたいよ、フフ」
「こ、これのどこが気に入ってるって言うんですか!も、もう僕、行きますね!ありがとうございました!!失礼します!!」
足早に2人の元を去っていくアリステア。だが、少し離れてから振り返り深く会釈をした。そして、頭を上げて再び歩き出した。
「変な人ばっかりだな。…管理課、か」
アリステアは呆れ顔のまま、クスッと笑いながら、実習生の寮に帰って行った…。
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