酒飲みちゃんと元ペーパードライバーちゃん

卯野ましろ

酒飲みちゃんと元ペーパードライバーちゃん

「あーっ、酒最高!」

「そりゃ良かったね」


 花金ディナーは居酒屋で。いっぱい飲んだ同居人と、いっぱい食べた私。今は店を出て、余韻に浸りながら歩いている。


「ノンも少しは飲めよ~」

「いらない。ルコが私の分まで飲んでよ」

「何だそりゃ。酒が飲めないなんて、つまんねーだろ。人生の半分は損しているぞ、絶対」

「絶対て……」

「はぁー? 笑ってんじゃねーし。人生の半分は損しているって、結構かわいそうだぞ~?」

「ふふっ。私、別にお酒が飲めなくても楽しく生きているよ。それにさ……」

「んぅ~っ?」


 私がクイッと指差した方をルコが見る。酔っているのか、のびのびな言い方になっているのがかわいい。


「もし私が飲んべえだったらさ、いちいち運転代行を頼まなくちゃいけなくなるよ?」

「……あー、それもそうだなっ! じゃっ、今から運転よろしくな!」

「声が大きいって」

「はっはっはっ!」


 ご機嫌なルコが車へと駆けていく。とりあえず転ばなかったのでホッとした。


「早く来いよー」

「はいはい」


 そのままのペースで私は、手招きしているルコの元へ向かった。


「ほいっ! ノン選手、ゴォォォォォルッ!」

「大袈裟だってば」




「それにしても、よくやるよなぁノンは」

「何が~?」


 後ろの席で寛いでいるルコが、運転中の私の何かを褒めているようだ。


「再教習だよ。あたし自分がペーパーだったらさ、そんなの面倒臭くて行きたいと思わねーな」

「まずルコがペーパーっていうのが想像できないよ」

「はっはっはっ! それもそうだな!」


 また高らかに笑っているけれど、車内なので別に何も言わない。


「あ、信号」

「止まれ止まれ~」


 家までもうすぐだけれど、ここでストップ。


「……なぁノン」

「ん?」


 どうしたんだろう。

 さっきまでハイテンションだったルコが、ちょっと大人しくなっているような気がする。


「ノンが再教習を決めたのって、もしかしてあたしが理由?」

「へ? どうしてそう思うの?」

「もう答え出てるじゃん。あたしが酒飲みだからだよ」

「……あー……まぁ、それもある」

「うわマジでっ? あたしのために?」

「うん。他にも色々思うことあったけど」

「そうかぁ~……ふふっ」


 ルコは嬉しそうだ。どうしたのだろう。


「っつーことは……ノンって、あたしのこと……」

「あ、青になった!」

「えっ」


 いつもの「進め進め~」が出てこなかった。それでも私は前へ進む。


「あー、ごめんルコ。何か言いかけていなかった?」

「うん。ノンって、あたしのこと感謝しているんだろって言おうとした」

「すごいね、大正解だよ」

「だろ! あたしのおかげで、運転が上手くなったんだよな!」

「はいはい」

「はっはっはっ! このあたしに感謝するが良い!」

「ありがとーございまーす」

「雑!」


 途中で「あれ?」とは感じたが、いつものルコだ。やれやれ。




「はい着いた~」


 我が家に到着。最初から最後まで、安全運転だった。


「駐車もできるようになったじゃん。前もっとグズグズだったろ。すげーな!」

「ありがと。ルコのおかげだよ」

「そ、そっか……」

「……ルコ?」


 またルコは、しおらしくなっている。


「ひゃっ!」


 そんなルコの手を取ると、かわいらしい声が聞こえてきた。すると私は笑って、きちんと彼女の目を見て言った。


「ありがとうルコ。ルコが私の背中を押してくれたんだよ」

「っ……! どういたしまして」


 ルコはカチコチ。そのうえ、


「どうしたの? 顔赤いよ?」

「よ、酔ってっからな! あー早く横になりてぇな! ほら家に入るぞ!」

「あ、うん」


 ズカズカとドアに向かうルコの背中は、ちょっぴり丸くなっているように見えた。




「じゃ、あたし少し寝るから」

「あーダメだよ、ちゃんと手洗いうがいと着替えを済ませなきゃ」


 靴を脱ぎ終わったルコを注意した。それに対する反応は、


「かったりぃなぁー」


 いつも通り。文句を言いながらも、素直に洗面所へ向かうところが愛しい。




「ノンはさー、良い奥さんになるよ」


 スウェット姿でコロコロしながら、また彼女は私を褒めてきた。私は今、お風呂が沸くのを待っている。


「さっきから、やたらと褒めてくるね。何もあげないよ」

「何もいらねーよ! あたし、そこまで欲張りに見えるか?」

「そこまでってことは、少しは欲張りなんだ」

「ああ言えばこう言うな!」

「あはは。おもしろいねールコは」

「ノンが言うな! ってかさぁ……マジだから」

「へ?」


 そして、さっきから急に声のトーンが変わる。


「あたし、ノンとゴールインしたいと思うし」

「そっか。ありがとう、嬉しいよ」

「……なあ、それ本当に喜んでいるか?」

「うん」


 そのとき、あの音楽が流れた。


「お風呂が沸きました」

「あ、じゃ入ってくる!」

「……」


 返事がないので、お風呂場へ行く前に寄り道する。


「……寝ちゃったか……」


 ルコは俯せになって、やはり眠っているようだ。


「すごく嬉しかったよ。おやすみ」


 一言だけ呟いて、私はその場から離れた。

 私は今日のルコを思い出しながら、幸せなバスタイムを過ごした。

 あの子、私のこと好きだな。

 いちいち分かりやすくて、かわいい。

 もう知っているよ、その気持ち。

 まあ私も、あの子が好きだけど。

 私が先に言っちゃおうかな。いや、もう少し待つか。かわいいから。




「……寝てねーし……」


 赤い顔を上げられない。いないことを分かっていても。

 嬉しかったのか……。でも、それってどういう意味かな。あたしと同じ気持ち……だったら良いんだけど。

 あのとき「あたしのこと好き?」って聞けなかったことを後悔していた。

 いや、もし聞けたとしたって「酔っぱらっているから変なことを言った」で片付けられちゃうだろうな……。それでも素面だったら何も言えないし。どうしていつまでも「ノンが好き」って伝えられないのか。他のことはハッキリと口に出せるのに。


 色々考えているうちに、あたしは本当に寝た。

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