【第七章】五人の忍と大月山

第24話【ないものねだり】

息を切らす氷雨ひさめは、ゆっくりとその場に寝転がった。時雨しぐれも、木刀を腰にさすと氷雨ひさめの近くに静かに座った。


氷雨ひさめ

時雨しぐれ・・・。お前、本当に強いな・・・。昔っから、お前に喧嘩で勝ったことなかったな・・・。兄貴なのによ。いっつもお前に負けてばっか。お前は、頭も良くて剣術も出来て、皆から好かれる本当に器のデカイ男だ。俺は、そんなお前が昔っからうらやましかった。ずっと、お前みたいになりたいって思ってた・・・。だけど、気づいた。お前の背中、追いかけていても、結局俺はお前には勝てないってことが・・・。だってお前はもっとずっと先を見てるんだから・・・。だから、決めた。俺、もうお前のこと、うらやましいなんて思わなねぇ。俺は今の俺自身をしっかり認めて、お前の背中じゃない、その先を見つめて、いつかお前に勝つ。」



 時雨は、黙って氷雨の話を聞いていたが、静かに話始める。


時雨しぐれ

「兄上、ワタシだって、今まで何も悩まずに生きて来たわけじゃない。兄上はワタシと違って黒い髪、茶色い目。健康な体。動物が何を言っているかも、分かることはないだから、自分の姿を見ても何も思わないだろう?だけど、ワタシはいつも、井戸に写る自分の姿を見て、ゾッとする。昔話に出てくる山姥のような銀色の髪に、鬼のように青い目。それに、動物の言葉も分かってしまう。まるで、化物だ。だが、不思議なことに化物の割には、体が弱くてすぐに寝込む。はははっ。」


 時雨しぐれは、笑うが氷雨ひさめにはその笑顔がどこか、悲しげに見えた。



氷雨ひさめ

時雨しぐれ・・・。」


時雨しぐれ

「だけど、ワタシは自分を不幸者だとは、思わない。兄上を羨ましいとも思わない。ワタシはワタシのできることをするまでだ。里の家族を守る。この命に変えても。さぁ、兄上、ワタシに勝てるかな?絶対に、追いつかせないよ。」


 時雨しぐれは、氷雨ひさめの手を握り思いっきり、引っ張り立たせる。


時雨しぐれ

「さぁ、ホタルが待ってるよ。兄上、行こう。」


氷雨ひさめ

「おう!」



 二人は、駆け足でホタルの元へと向かったのだった。



 次の日、一平いっぺいとネネが本流の村へとやって来た。



氷雨ひさめ

「おぉー!オレにぼこぼこにされに来たか!待ってたぜ!」


一平いっぺい

「なに言ってやがる!五十嵐一平いっぺい、清流の村より、宿敵東国の東一平いっぺいを打ち取りにここにきたり。いざ、尋常に勝負。」


氷雨ひさめ

「ふん。返り討ちにしてやるぜ!」


 いつもの喧嘩が始まる。ネネはやれやれと言った感じでその二人から離れ、ホタルの元へ行こうとする。その時だった・・・ 


  ・・・ウワーーーー!!!!!・・・


 

 後ろから悲鳴が聞こえる。振り返れば、揉み合った末に転んだと思われる氷雨ひさめ一平いっぺいに覆い被さるように倒れていた。


氷雨ひさめ

「いたたたた・・・。ん?」


 氷雨ひさめは、一平いっぺいの顔を見れば、倒れる寸前に自分の指が引っかけた頬の白い布がとれかけており、少し剥がれかけていた。一平いっぺいはそれに気づくとすぐに頬を自分の手で隠した。


一平いっぺい

「つっっ・・・。」


氷雨ひさめ

「わ、悪い・・・。」


一平いっぺい

「ん?あー気にすんな。俺、ちょっと布変えて来るわ。」


氷雨ひさめ

「お、おい!」


 一平いっぺいは、すぐに立ち上がると部屋を出て行ってしまう。


氷雨ひさめ

「気にすんなって・・・。」


 氷雨ひさめは、いつもと違う素直な一平いっぺいに驚きを隠せないようだった。


 一平が、頬を隠す寸前・・・。ネネは、一平いっぺいの白い布からわずかに出た傷跡を見逃さなかった。そして、白い布から出た傷跡が自分の目に映ったその瞬間、何かが頭の中をよぎった気がした。黒くて鋭い刃物が雨の中から飛んで来て、一平いっぺいの顔を傷つけた。遠くで聞こえる・・・子供の声・・・。なんだろうか、思い出せない。何か大切な何か、恐ろしい何かをネネは忘れてしまっているような気がした。


時雨しぐれ

「ネネ?どうかしたのかい?」


 時雨しぐれに呼ばれて、ネネは我に返る。


時雨しぐれ

「顔色が悪いよ・・・。具合でも悪いのか?」


【ネネ】

「え?う、ううん。なんでもないわ。ありがとう時雨しぐれ様。あ、あたし、ちょっと一平いっぺい様の所に行って来るね・・・。」


 そのままネネは、時雨しぐれの元を離れて一平いっぺいの後を追う。屋敷の奥の部屋が空いている。どうやら一平いっぺいが予備の白い布と取り替えるために入ったようだ。


 中を覗くと、ちょうど白い布を頬に張り終えた一平いっぺいと目が合う。


一平いっぺい

「・・・ネネ。どうかしたのか?」

 

 一平が聞いてくる。


【ネネ】

「・・・・・・。」


 確かめなければと思った。一平いっぺいの頬に張られている白い布の下を・・・。忘れてしまった何かを思い出すために。しかし、同時に思い出すのが怖い何かがそこにはある気がした。


【ネネ】

「あ、あのね・・・。一平いっぺい様・・・。」


一平いっぺい

「お、おう。なんだよ?」


 長い沈黙がそこに落ちる。


【ネネ】

「ホタルちゃん、どこにいるか分かる?探してて・・・。」


 聞けなかった。きっとあの頰の下の傷跡を見れば、何か思い出すかもしれないと思ったのだが、思い出したら、一生後悔するようなそんな怖い記憶があるような気がして結局、口をついて出た言葉は、まったく違う言葉だった。



一平いっぺい

「え?あ、あぁ・・・。ホタルならさっき、井戸に水汲みに行くって言って出て行ったぜ。」



【ネネ】

「あ、ありがとう。」


 ネネは、一平いっぺいのいるその部屋から静かに離れたのだった。






 朝早く、6人と1匹は、大月山へ向かおうと本家の玄関を出る。


時雨しぐれ

「では、父上、行って参ります。」


氷雨ひさめ

「父ちゃん。俺、頑張って来るよ。」


五月雨さみだれ

「あぁ。頑張れよ。お前達三人も、しっかりな。」


 五月雨さみだれは、ホタル、ネネ、一平いっぺいを見て言った。


卯月うづき】 

「皆、体に気を付けて、頑張ってね。」


五月雨さみだれ

「それでは、泡沫うたかた。頼んだぞ。」


泡沫うたかた

「・・・御意。」


 五月雨さみだれ卯月うづきに見送られて、5人は山へと向かった。


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