小学校最後のナイトウォーク

相内充希

小学校最後のナイトウォーク

春弥しゅんや。親子ナイトウォークに参加しようよ」

 そんな風に突然誘ってきたのはみつるの方だった。充とは幼稚園からの付き合いで、小学校も六年間ずっと同じクラス。

 親同士も仲良くて、前はたまに家族ぐるみで一緒にご飯を食べに行ったりしていたけど、ここ二年くらいは充のほうが塾だのなんだので忙しいらしくてそれもない。

 だからこんなふうに誘ってくるのは久しぶりで、俺はわざと眉をしかめて見せた。


「なんだそれ」

「これ。昨日見つけたんだ!」

 市報に挟まれていたというチラシには「小手毬市・春休み・親子で歩こう<ナイトウォーク>」と、今一垢抜けないフォントでデカデカと書いてある。日付や時間などの案内の下に大人と子供が月の下を歩いているシルエットが描いてあり、参加資格は小学四年生から六年生までらしい。

「旧・西岡小学校から出発して、ゴールは運動公園? 西岡小ってどこだ?」

 小学校のほうはよく知らなかったけれど、運動公園にはたまに行くから知っている。でも結構離れていて、バスか車で遊びに行く場所なんだけど……。

「これ山だよな?」

「うん、そうだね。六時出発で九時頃解散だって」

「うげっ」

 舗装されている道とはいえ、三時間も坂を登ったり下ったりすることを考えてうんざりする。


 いかにもやる気ありませんって態度を見せると、充がプクッと頬を膨らませた。

「行こうよ。面白そうだろ」

「どこが?」

「この西岡小って木造なんだよ。ほら、春弥が見てたドラマにも出てた」

 木造の学校?

 一瞬首をかしげ、幼稚園の頃好きだった特撮ヒーローを思い出した。

「うそっ、妖怪退治屋?」

「そう、それ。その撮影で使ってたところだよ」

「マジか」

 あれが地元だったとは知らなかった。


 妖怪退治屋は、主人公でシルバーウルフに変身する大神さん(実は狼男)と、助手で小学生のリクたち少年団が妖怪退治をする話。ヒーローを手助けする少年団に憧れて、夢中で見ていたことを思い出す。

 大神さんの正体がリクたちにばれてお別れになった最終回は、めちゃくちゃ泣いたものだ。

「おまえ、よく覚えてたな」

 少し恥ずかしくなって充を睨むと、

「何回もごっこ遊びに付き合ったからねぇ」

 と、笑われてしまう。


 あの頃はいつも妖怪退治ごっこをしてた。岩とか木なんかを妖怪に見立ててさ。

 リク役はいつも充だった。

 本当は俺がしたかったけど、充とリクはなんだか似てたんだよね。大神さんが遠くにいる設定で架空の連絡をしたり、すごく楽しかったな。


「だから参加しようよ。夜歩くとか、すごくワクワクしない?」

 言われてみると、段々そんな気がしてくる。

「わかった。そこまで言うなら付き合ってやるよ」


   ◆


 三月末にもなると、六時でもまだ少し明るい。

 五時くらいには集合場所についていた俺たちは、他校の参加者も混ざって、今は使われてない校庭を走り回った。遊具は使用禁止だし校舎も中には入れないけど、初めて見る木造の校舎はすごく面白い!

 窓からのぞくと、残っている机や椅子は俺たちにも見慣れたやつだけど、窓枠が木なのがまず新鮮。


 そうそう。たしか少年団が通ってた小学校はこんな感じだった。でもって床や壁も――

「わあ、やっぱり廊下も木だ」

 思わずみんなでワイワイ盛り上がる。テレビの中の風景がどんどん蘇って面白い!

 あれも木だ、黒板の色違う気がすると言い合っていると、

「そりゃそうだ」

 通りがかった、イベントスタッフのおじさんがそう言って笑った。


「先生もこういう学校だったの?」

 大人の人は全員先生と呼んでおけば間違いないだろうという認識のもと、そのおじさんに聞いてみる。

「俺は新しい校舎だったなぁ。つつじが丘小出身だよ」

「俺もつつじが丘! でも」

 新しくはないぞ?

 周りの子らと首をかしげると、おじさんは「俺が入学した時でまだ三年目だったから」と面白そうに目を細めた。

 三年目ならピカピカだな。いいな。

「去年四十周年記念式典したんだよ」

 だからけっこうボロ!

「うおっ、四十周年か。俺も年取るわけだなぁ」

 そう言っておじさんは笑いながら、「そろそろ集合ね」と手を振って行ってしまった。


 それから間もなく集合の合図が鳴り、班別に分けられる。

 一班に二人スタッフがついて一緒に歩くそうだ。

 俺は充と同じ班で、お姉さんが二人付いた。アイドルみたいに可愛い矢田さんと、すっごく優しそうな和泉いずみさんでちょっとラッキー。母さんたちもそう思ったらしく、なんだか嬉しそうだ。


「では出発します!」


   ◆


 夜の山道を歩くのは想像以上に面白かった。

 和泉さんは大学進学でこっちに来たらしいんだけど、昔、妖怪退治にエキストラで出たことがあったという! 大神さんにサインをもらったこともあるというので大盛り上がりだった。


「あの頃は、人が集まらないよう内緒って言われてたんだよ」

 矢田さんがそう教えてくれる。

「なんで?」

「前に、撮影中に入ってきちゃう子がいたからだって」

「迷惑なやつ~」


 そんなことを言いつつ、自分も周りが見えなくなって同じことをしたかもしれないと思い、冷や汗をかく。母さんが苦笑してるのが見えたから、きっと同じことを考えてるのだろう。多分母さんは知ってたんだ。くそっ、知ってたなら連れてきてほしかった。

 特撮ヒーローなんてもう何年も見てないけど、あれは特別だったんだ。久々にDVD見たけど、やっぱり面白かったし。


 途中撮影で使われたスポットなんかも教えてもらい、なんだか「聖地巡り」をしている気分になる。俺と充、それから他校の男子(&一部の女子)にはすごく楽しいけど、一緒の班の鈴木さんと渡辺さんって女子がキョトンとしてたから、色々教えてあげた。

 特撮はあまりわからなくても、実際のドラマの写真を和田さんたちがスマホで見せてくれたから、同じ風景が目の前にあるってだけでも楽しめたみたいだ。

 もっとも、リク役だった松島理久が、今すごい人気の声優アイドルになってるって方が大きいかもしれないけど、それはそれでよし!

 初めて会ったメンバーでも、昔から仲がいい友だちみたいになった。


「え、渡辺さん北中なの? 俺もだよ」

 たまたま同い年だったのは渡辺さんだけだったんだけど、同じ中学に行くことが判明し、謎のハイタッチ!

 彼女が充にも聞こうとしたので、俺がこいつは私立だと言おうとすると、充が

「A県の中学なんだ」

 と言うのでビックリした。

「そうなんだぁ、引っ越し? 残念。入学前に友達が出来たと思ったのに」


 A県? 何それ、聞いてない。

「充、私立に行くんだよな」

 受験して合格したって。

「うん。お父さんが先に単身赴任してて……」

「なんで黙ってたんだよ」

 中学が別でも会える距離にいるって信じてたのに。A県? 飛行機の距離じゃねーか!


 充は「今日話すつもりだった」とか言い訳してるし、お母さんたちも色々フォローしてくるけど、俺はどうしても許せなくて黙ったまま班の最後尾をついて行くことにする。


 もう大人だし、走り出して迷惑なんてかけたりしない。

 そう言って、ぐっと歯を食いしばった。

 これ以上喋ったら怒鳴りそうだったんだ。


   ◆


 和泉さんが俺の隣を歩いているので、スタッフの男の人が一人、班に合流した。

 どうやら面白いお兄さんらしく、班はサクサク楽しそうに進んでいるけど、俺はどうにもイライラが止まらない。足が重くてゆっくり歩くせいで班の人たちが見えなくなった頃、和泉さんが俺の肩をトントンと優しく叩いた。


「春弥君。偉いね」

 びっくりして見上げると、お姉さんは「偉い」ともう一度言った。

 思わず目の奥が熱くなり、ぐっとあごに力を入れる。


「私もね、中一の時、幼馴染が転校したことがあるの。終業式に先生が言うまで知らなくてショックだった。なんで教えてくれなかったのって。親友だと思ってたからどうしても許せなくて、思わず大嫌いって言っちゃったんだ。絶交だよって」

 和泉さんは前を見たまま寂しそうにそう話す。


「出発の日を教えてくれたのに見送りにもいかなくてね。あとで手紙が来たけど、お別れが嫌で言えなかったって書いてあったの。でも友達の住所も書いてなくて返事が出せなかった。きっと私のこと許せなかったんだよね。大嫌いなんて、本気じゃなかったのに」

 和泉さんの声が一瞬震える。今も後悔してるんだと分かって、自分のことみたいに胸が痛くなった。

 和泉さんは、俺が同じことを言おうとして我慢したことを知ってたんだ。


 怒りが急速に萎んでいく。

 かわりにお別れの意味が、現実味を帯びて襲い掛かってきた。


   ◆


 かなり遅れてゴールした時には、最後にやる予定の手持ち花火がずいぶん少なくなっていた。寒い時期の花火も綺麗だなと思いつつ充を探す。

 なぜか植込みの陰にうちの母さん達と矢田さんとかがんでいて、不思議に思いつつ近づいた。

「猫?」

 矢田さんの手に子猫がいた。汚れて小さく鳴いているのを拾ってしまったらしい。

「うわぁ、可愛いな」

 喧嘩のことも忘れて充そう言うと、充は一瞬びっくりした顔をして頷いた。

「でもうちはお父さんがアレルギーだから猫飼えないんだ」

 猫好きな充の目は子猫から離れない。


 思わずうちの母さんに「うちで飼える?」と聞くと、「ちゃんと面倒みられる?」というので親指を立てて「勿論!」と答えた。

「充、この猫は俺が飼う。様子は手紙とかメールとかで教えてやるよ」

「本当?」

「うん。だからたまに会いにくればいい」


 和泉さんが「仲直りしたんだね」と言うので、俺は充と顔を見合わせた後二人一緒に「うん」と頷いた。そのあと同時に「ごめん」と言って大笑いしてしまう。

 仲直り出来てよかったと、本当に思った。


 だから帰る前に和泉さんが、「私も謝ってみるよ」と言ったので、友達の連絡先が今は分かるんだと思って嬉しくなった。


「頑張って!」

 和泉さんなら仲直りできるよ!


   ◆


 それから十年後。


 和泉さんと元親友・・・の松島理久の結婚式に、俺と充が招待されることになるとか、高校から髪を伸ばして可愛くなった充が後に俺の彼女になるだなんて、この頃は知る由もなかったのだ。

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