間章 マリクの評価

「サリー、随分遅くなったな、何かあったのか!?」


 セシルの元で遅くまで手伝いをしていたサリーがバーンズ商会の商館でもある自宅に帰って来たころにはすっかり夜は更けていた。

 娘がなかなか帰らないことを心配していたマリクは尋ねる。


「実は、セシルさんの薬屋が大繁盛していて、私は急に手伝うことになってしまったの」

「大繁盛? 昨日まで閑古鳥が鳴いていると聞いていたが」


 マリクは首をかしげる。


「実は、今日隣国からきたエドモンド殿下が薬屋を訪れて」


 そう言ってサリーはセシルから聞いた殿下と出会った時のエピソードを語る。

 それを聞いてマリクは目を丸くした。


「……と言う訳でお客さんがいっぱい来て、気が付いたらこんな時間になっていたの」

「まさかそんなことがあったとは……。実は初めて会った時から何となく彼女は大物になるのではないかと思っていたんだ」

「それはどうして? 確かに私を助けてはくれたけど」


 サリーは首をかしげる。こういう風に言ってはなんだが、優しいだけの人であれば世の中には一定数いる。

 が、マリクは首を捻りながら答える。


「それが明確な理由は分からないんだ。確かに彼女は事情から考えてただの平民の娘ではないとは思っていた。だが、だからといってそれが大きくなることに繋がるかと言われるとそういう訳ではない。だからこれは恐らく、わしの勘だ」

「勘?」


 思いのほか曖昧な理由だったことにサリーは少し落胆する。

 が、そんなサリーの反応を見てマリクはおどけてむっとして見せる。


「サリー、勘を侮るんじゃない。商人をしていれば嫌と言うほどたくさんの人と出会う。その中で誰がいい人で誰が悪い人か、誰が大きくなる人で誰が没落する人か、瞬時に見分けるのは難しい。だから結局のところは勘が物を言う訳だ。そしてわしは勘がよく当たるからここまで大きくなれたとも言える。わしがこの人はすごい、と思った人はこれまで皆出世しているんだ。実際、今回はセシルに何か光るものを感じたから余計にお世話してしまった訳だが、それは当たりだったようだ」

「なるほど」


 確かにもし普通の人であれば、サリーを助けたとしてもお礼に菓子折りの一つでも渡してそれで終わりだろう。


「それで父様、実は私はセシルさんの元で働かないか誘われたの」

「なるほど」


 マリクが唸る。マリクとしてはサリーには無理に家を継がせるつもりはなかった。商人の知識から家事まで一通り浅く広く教えて、その中で彼女が望む道を進ませるつもりだった。もっとも、もしろくでもない男と一緒になるつもりならそれは断固阻止するつもりだったが。


 家を継ぐのはすでに長男に決めていた。

 そんなサリーからの申し出にマリクは少し考えて尋ねる。


「それで、お前はどうしたいんだ?」

「私は出来ることならセシルさんと一緒に働いてみたい」


 サリーは真剣な表情で言う。


「それはなぜだ?」

「うーん、うまく口では言えないけど、誰かと一緒に一からお店を始めるのは楽しいと思ったから」

「分かった、それならいいだろう。もっとも、一度そう決めたからには大変なことがあってもすぐに投げ出すんじゃないぞ。手伝うのはいいが、辛かったらすぐ実家に戻ろうなどという考えは捨てることだ」

「うん!」


 マリクが了承するとサリーはぱっと表情を輝かせた。

 そんな娘を見つつマリクは考える。隣国の王子のお墨付きを得たならセシルの店は今後間違いなく繁盛するだろう。いずれは街で有数の豪商になるかもしれない。

 それなら今の内から恩を売っておくのがいいが、サリーを手伝いに送り込むのはうってつけなのかもしれない。


 それはそれとして、話を聞く限りセシルは薬剤師としては優れていても、商人としては素人だ。今後売上が増えれば人を雇ったり、利益や売上についても考えなければならなくなる。

 マリクであればそれを全てサポートする知識も資金もある。だからセシルをマリクの下で働く雇われ店長のような形にすれば店を大きくすることは出来るだろう。だが、今の話を聞いてマリクはそれはやめることにした。


(もしわしがプロデュースしていれば王子の屋敷に勝手に診察しにいくなど止めていただろう。失敗するリスクもあるが、彼女はもしかすると自立した方が大きくなっていくかもしれない。わしはそれをサリーの後ろから見守るだけに留めよう)

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