仕入れ
サリーが帰った後、私はお店の中を見て溜め息をつきます。昨日までは全然減らなかった商品が一斉になくなってしまっているのです。せめて新しく作ろうにも材料がありません。すでに外は真っ暗で、お店が開いているとは思えません。
「でも、明日もお客さんが来るから頑張らないと」
そう思った私はランタンを持ち、外套を羽織ると戸締りして家を出ます。
すでに周りで開いている店は一部の飲み屋だけになり、歩いているのは酔っ払いばかり。女一人で歩くのはとても心細かったですが、幸い誰にも絡まれずに大通りに出ることが出来ます。そして薬草や薬の材料を売っている店に向かいました。
すでに店は閉まっていましたが、耳を澄ますと中からかすかにがさがさという音が聞こえてきます。ということはまだ人はいるようです。もしかしたら片付けなどをしているのかもしれません。
意を決した私は中に向かって呼びかけます。
「あの、すみませーん!」
「何時だと思っているんだ!?」
中から店主と思われる男性の声が苛立った聞こえてきて私は一瞬びくりとしてしまいます。
が、それでもドアががらがらと開いて中から店主の男性が出てきます。最初は苛立った表情でしたが、私をじっと見つめると何かを思い出すような表情に変わっていきます。
「一体何なんだ……って、数日前にきたこの街でお店を開くとか言っていた嬢ちゃんか」
「よく覚えていますね!」
私は彼の記憶力に感心します。
「当然だ。この街で店を開くなら今後も常連になる可能性が高い。それに、店を開くということは繁盛すれば今後も継続的に買いにきてくれるということだからな」
確かにそうですが、だからといって実際に一回やってきただけの私を覚えていて暗い中でもすぐに判別できるのはすごいことです。
「それで、こんな時間に一体どうしたんだ?」
「実は今日急にお客さんがいっぱいきて全部売れてしまいまして」
「いやいや、そういうのは事前に品切れにならないよう仕入れておかないと……ん? 今日急にお客さんがいっぱい来たってことはもしかして」
そこで彼は急に何かに気づいたように目を丸くします。
「もしかして君、噂のセシルさんか?」
「そうです……知っているんですか!?」
ちなみに私は彼に名前までは名乗っていませんでした。
私が肯定すると彼は大袈裟なほど驚きます。
「知っているも何も! 君の店にエドモンド殿下がいらしたという話は今日の商店街で一番多く話された話題だ! しかしまさか君があのセシルだったとは!」
すると彼は急に営業スマイルを浮かべて揉み手をします。
「そういうことなら話は別です。さあ、今灯りをつけますので店内を見ていってください」
「は、はい」
一瞬で言葉遣いまで変わったため私は呆気に取られてしまいます。最初は常識知らずの人か何かだと思われていたのに、繁盛している店主だと分かるとここまで対応が変わるなんて。
商人というのは大変だなと思いましたが、冷静に思い返してみると貴族の中にも自分より爵位が下の相手にはやたら居丈高なのに爵位が上の相手にはぺこぺこしている方もいるものです。商人にとってはそれが爵位ではなくどれくらい儲かっているかなのでしょう。
そう考えるとどこの世界も大変なのだな、と思いながら私は材料を買うのでした。
「疲れた……」
お金はたくさんあったので、私は自分が持てる限りの薬草や素材を買い、それをバスケットに入れてもらって家に帰ります。日中に色々あって疲れていたところに遅くまで出歩いていたので疲労困憊ですが、あくまで私は材料を仕入れただけ。
「薬を作らないと」
私は買ってきた材料を持って調剤スペースに使っているキッチンに向かい、包丁を取り出し鍋にお湯を沸かすのでした。
私の長い夜はまだ始まったばかりでした。
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