ゴールの見えない中でも、着実に進むものがある。
夕日ゆうや
3.11の被害はまだ続いている。
金属でできた松明を受け取る。
その松明は桜を模しており、中央からごうごうと炎を燃やして、絶えず揺れている。
これが聖火か。
思っていたよりも頼りない火ではあるが、そこには今まで走ってきた聖火ランナーの想いが込められている。
パフォーマンスと揶揄する者もいるが、それでも復興・再建を果たしてきた人々にとっては暖かな火なのだ。
それを分かっていて、俺は聖火ランナーを引き受けた。
俺は震災のとき、福島にいた。
家、庭、車。全てが放射能を浴び、ダメになった。なかでも、ペットがきつかった。飼っていたのはカメレオンであったため、餌がなくなり、餓死してしまったのだ。
そうでなくとも、避難所につれていくわけにもいかず、その命を絶ってしまった。
哀しい想いはもう嫌だ。
一番下の子供が泣きじゃくり、長女があやす。
そんな避難所生活にも限界が見え始めたころ、親族のススメで東京での仕事と、宿を見つけてくれた。
幸いにもお金に困ってはいなかったので即決めたのだ。家は親族の家を半分借りる ことにした。お陰で今も住まわせてくれている。
東京にきてからはめまぐるしい毎日で、仕事に、家事、妻や子供への家族サービス。
避難指示解除後、ときおり福島の実家へ戻り、家の片付けをした。友人のススメもあり、ボランティアの手も借りて片付けていたが、そのたびに疲れが襲ってくる。
捨てられないものも多く、新居に送る。特に子供たちの写真は、ここで過ごした毎日が刻まれている。捨てるわけにはいかない。
それが終わると、また東京に戻り、慣れない仕事をして体力を費やす日々。
沿岸部にいたお婆ちゃん、お爺ちゃんは未だに行方不明のままだが、それでも毎日、明るく振る舞った。
暗い顔なんてしている余裕がない。毎日のように子供を育てなくてはいけない。毎日のように仕事と向き合わなくてはいけない。
宮城県石巻市出身の妻。そのご両親は、宮城の沿岸部で変わり果てた姿で見つかった。
毎晩のようにうなされていた妻も、最近では一週間に一回ですんでいる。これもカウンセリングの効果なのだろうか。
ふと現実に戻る。
この十年、長い道のりだった。色々なことがあった。
俺は前へ、前へと、足を踏み出す。
しっかりと、着実に前へ進んでいっている。
全てがうまくいくとは限らない。
隣近所ではまだ復興したとは言いがたい現状が付きまとう。
親族の一部にはまだ立ち直れていない人も多い。友人のなかにはもう会えない人もいる。
それでも前へ明日へと踏み出す。
その一歩がなにより大事だから。
子供に誇れる父親でありたい。
妻の尊敬する夫でありたい。
だから走る。
聖火ランナーとして。復興の第一歩として。
まだゴールは見えない。
東京都の五輪開催予定地。その会場へ向かう。
ガードレールの向こうに応援してくれるみんながいてくれる。
コロナの影響もあり、その観客はまばらではあるものの、確かに受け継いでいるものがある。
会場に入り、階段を駆け上がる。
ゴール。
大きな聖火台に火をともす。
これでひとつの役目を終えた――。
ゴールの見えない中でも、着実に進むものがある。 夕日ゆうや @PT03wing
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます