平和な時代の勇者
五色ひわ
平和な時代の勇者
俺はこの国の第3王子であり勇者だ。と言っても、我が国はここ十数年、事件らしい事件も起こっておらず平和そのものだ。恐ろしい魔王が出現したとか、お姫様が囚われの身であるとか、そんなことは何もない。
俺は勇者であると能力から判定されただけで、国民から尊敬されるためのゴールは、どこにも用意されていなかった。
俺は今日も雑用係をからかいながら、王宮の隅に用意された勇者のための部屋で、訪れる人間の話を聞いていた。地道に何かしらの事件を解決していかないと国からの予算がおりない。
勇者といっても実績がないと、こんな扱いを受ける。勇者に憧れる子どもたちには絶対に知られたくない現実だ。
「王子、聞いてます?」
いつもは、やる気の欠片もない雑用係がキラキラした顔でこちらを見ている。俺は生物学者が来ていることを思い出して姿勢を正した。
「もちろん、聞いている」
「竜ですって、冒険記みたいですね」
「竜?」
俺は全く聞いていなかったが、生物学者の話は、本好きの雑用係の琴線に触れるものだったようだ。
「ここから南東にある火山地帯で竜が見つかったと噂になっています。ぜひ、勇者様にお出まし願えないかと!」
生物学者は恐ろしい竜の絵を見せながら熱く語りだす。雑用係にとっては興味深い話のようだが、俺に必要な情報は竜が発見されたということだけだ。長い話の相槌は雑用係に任せて、俺は一人で考える。
『竜を討伐する』
これは俺の勇者としてのゴールにぴったりなのではないだろうか。竜を一回討伐しておけば、後はのんびり過ごしていても国民からの不満は上がらないだろう。
『竜殺しの勇者』
うん、悪くない。
「よし、俺が向かうとしよう」
俺は回復魔法も使える雑用係と生物学者を連れて、すぐに王都を出発した。
道中現れた魔物は、俺の剣一つで薙ぎ払う。勇者である俺は、鍛錬をサボっていても、誰よりも強い。
数日かけて移動した俺たちは、いよいよ火山地帯に入った。
俺たちは、立っているだけで汗が滲むような山の中をどんどん登っていく。崖のような場所もあったが、生物学者は思ったより体力があるようで、俺たちのペースにきちんとついてきてくれた。
そして、ついに!!
「「「……」」」
大型犬くらいの大きさの竜が2匹、ぷるぷると震えながら、後ろにいる小さな2匹を守るように立っている。たぶん、竜の親子なのだろう。
「可愛いですね……」
雑用係の言葉に、生物学者が暑さとは絶対に関係ない汗をふき出しながら、俺の方を恐る恐る振り返ってくる。俺はこれでも国民を守る勇者だ。『殺さないでくれ』みたいな顔はやめてほしい。
「このサイズで成獣ってことか……」
小さいとはいえ竜だ。もし、暴れたら人間に危険があるかもしれない。しかし、こちらが殺気を立てる前から怯えられたら戦う気にもならない。
「僕たちは何もしないよ」
「人を襲わないのならな」
竜は頭の良い生き物だ。俺たちの言葉を理解したようで、人間のようにコクコクと2回頷くと、火山地帯によく実っていた果物を差し出してきた。
「ありがとう。お返しにこれをあげるね」
雑用係は竜から果物を受け取って、代わりにお煎餅を渡している。自分も一枚食べてお煎餅の安全性をアピールしてみせているが、竜に塩辛いお煎餅が安全なのかは不明だ。
竜が嬉しそうに受け取っているので、水を指すのも良くないだろう。俺は面倒なので見なかったことにした。
「勇者様。気をつけてお帰り下さい」
「お前も安全には注意しろよ」
俺と雑用係は、生物学者を火山地帯に残して王都に戻ることになった。生物学者は竜と生活して生態を解明するつもりらしい。竜がお煎餅を食べて問題なかったかも、そのうち分かるだろう。
そして、帰りも何事もなく王都に帰り着き……
「僕、竜と友達になっちゃいました」
「あら、すごいわね」
八百屋のおばさんがニコニコと雑用係の話を聞いてくれている。『竜の討伐』から戻って10日ほどが経ったが、雑用係は嬉しそうにいろんな人にこの話を聞かせているのだ。
『勇者一行は竜を手懐けることに成功した』
俺が書いた捏造に近い報告書により移動の経費はおちたが、一生のんびり過ごせるほどのお金は、もちろん手にしていない。
そのため、新しい事件の聞き込みをしていたはずだったのだが、雑用係はいつの間にか雑談を始めてしまったようだ。俺は井戸端会議のような会話が終わるのを、暇そうな八百屋のオヤジからリンゴを買って待つことにした。
「竜もお煎餅を食べるんですよ」
「まぁ、そうなの? 初めて聞いたわ!」
「……」
俺はいま雑用係を連れて王都の商業地区に来ている。食べ物から鎧まで様々な物を売る商店が並んでいて、いつ来ても市民で賑わっている場所だ。
『国民の生活を脅かす凶暴な生物の捕獲』
それが、今日の俺に課せられた任務だ。
「みーちゃんいませんね。昨日は、ここの魚屋からイワシを一匹盗んだって聞いたんですけど……」
雑用係が近くにあったバケツをひっくり返しながら言った。結局、八百屋からも敵の足取りに関する有力な情報は得られなかった。
仕方がないので、俺は魚屋の裏で雑用係と敵が来るのを待ち伏せている。この時間は魚屋で目撃されることが多いのだ。
「あ、王子! いました! 追いかけてください!!」
「やっと現れたか!」
俺は茶色のかわいい尻尾を追いかけて、王都の町中を走る。せめて、勇者を呼ぶなら、仔猫ではなく熊が出たときにしてほしい。
(勇者はなんでも屋じゃない!)
俺は心の中で叫ぶ。残念ながら、この任務も勇者としてのゴールからは遠そうだ。
終
平和な時代の勇者 五色ひわ @goshikihiwa
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