ソロモンの小さな鍵
髙橋
Ⅰ
これはある本に書かれていることの裏話である。
まったくいつの時代でも下っ端というのは苦労が多い。
自分のやるべき仕事は完璧を求められるのに、上司のご機嫌を窺ったり、組織内での根回しに奔走したりと、仕事以外のことでも気苦労が多い。
中でも特に苦労が絶えないのが・・・
「やぁ伯爵、調子はどうかね?」
そんなことを考えているとさっそくあの声が聞こえてきた。
「どうも公爵、調子はすこぶる良いですよ。あなたはどうです?」
「もちろん良いに決まってるだろう。君は相変わらず、変わり映えのしないことしか言わないようだね」
だったらわざわざ聞いてくるなってんだ。まったく。
嫌味な上司とコミュニケーションをとること。この苦労は筆舌に尽くしがたい。
伯爵なんて聞こえはいいかもしれないが、70以上ある序列の一番下が私だ。
要は一番下っ端の“雑用兼伯爵”というのが私の実際の役職だ。
私の一つ上の序列であるこの公爵という奴は、すかしたインテリ気取りの奴で、いつもこれ見よがしに書物を持ち歩いている。
知識はたしかにあるようだが口を開けば恋愛だのゴシップのような下世話なことばかりで、品性は備わっていない。
「伯爵!今日は何の日か分かっているだろうね。あの方がいらっしゃるんだから抜かりのないように準備してくれなきゃ困るよ」
「分かってますよ、公爵。我らが大いなる王がいらっしゃることを忘れるはずがありません」
「本当かね?君はちゃっかりしているところがあるからね。以前にもあったろう、君が王から探索の命を受けて、発見した財宝の一部をくすねたことが」
「またその話ですか。もう耳にタコができますよ」
「王はお許しになったけど、私のように記憶力の優れたものは決して忘れないさ」
たしかに財宝をくすねたことはあるが、あれは私が苦労して探索して見つけた財宝だった。だからいくらか分け前をもらうぐらい良いだろうと思ったし、王に弁解して許しももらっている。
それなのにこいつときたら済んだことをいつまでもネチネチと言ってくる。まったくもって嫌な奴だ。私がさすがに文句の一つでも言おうとしたとき
「何を言い争っている?」
振り向くと威厳のある獅子のような風貌の人物が立っていた。
「これは総裁ご機嫌いかがですか?」
公爵がすかさずもみ手を始める。
「公爵、私の言ったことが聞こえなかったか?何を言い争っている、と私は聞いたんだ」
見た目だけではなく、そのライオンのような総裁の迫力に公爵はたちまちすくみあがる。
「い、いえ・・・それがですね。ここにいる伯爵に説教をしていたところなんです。最近たるんではいないかと。伯爵は以前に財宝を盗んだ一件もありますし」
伯爵はついに我慢ならなくなって
「その件は王の許しをいただき、ケリはつきました。こちらの公爵こそ、根も葉もないゴシップを方々で吹聴し、害悪をばらまいています。説教されるべきは公爵の方です」
「な、なにを証拠にそんなでたらめを!」
我々が言い争いをヒートアップさせるといつのまにか一人増えていた。
総裁はうやうやしく礼をすると
「ご足労いただき感謝します。王陛下」
と言った。しかし公爵と伯爵は王の到着にも気づかず、言い争いを続けている。
公爵と伯爵の言い争いを横目で見ながら、王と総裁が話し始めた。
「見ろ、総裁。ここもあのような小者が増えた」
と王は、二人を見ながら言った。続けて
「かつてあのご立派なソロモン王は我々を封印して永遠に閉じ込めておこうとした。しかし結局は愚かな人間たちのおかげで解放された。それから長い時が経ったが、ここもずいぶん変わってしまったな」
「はい、おっしゃる通りです。今や我々も階級で分けられ、窮屈な縦社会となってしまいました。上には媚びへつらい、下には横柄な態度をとる。そのような小者が増え、これでは人間共とあまり変わりません」
総裁の言葉に、王は小さくため息をついた後、言った。
「まったく地獄も退屈になったものだな」
ソロモンの小さな鍵 髙橋 @takahash1
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