短編56話  数ある単独片想い

帝王Tsuyamasama

短編56話  数ある単独片想い

 中学三年生になると、僕、春日居かすがい 天雪あまゆきはがむしゃらに頑張った。

 好きになっちゃった小佐野こさの 理桜りおうさんのことを想いながら。


 小佐野さんのことを好きになったのは一年生のとき。

 席が近かったり班で一緒になったりしたときに気軽にしゃべってくれていた。

 そんな中、体育祭のとき、『40人41脚』という二人三脚のクラス全員版な競技があって、僕の左隣が小佐野さんだった。身長がほとんど同じだったから。髪は短め。

(男子の中じゃ身長低い方だもんなぁ、僕)

 僕は別に女子としゃべるのが極端に苦手っていうわけじゃないけど、どうしても意識してしまうというか。そんな僕なのに小佐野さんと肩を組んで足首にゴムバンドを巻いてだなんて……。

 クラス全員で練習する前に、二人三脚から練習を始めることになって、その時小佐野さんは僕が男子だってことくらい知っているはずなのに……肩を組んでも、脚をくくっても、一緒にこけちゃっても嫌な顔せず優しく、そして明るく接してくれた。


 体育祭本番。僕たちはこけることなく20mを走りきることができて、みんな喜びを爆発させていた。小佐野さんも、そのー……すっごい笑顔で僕に抱きついてきちゃってっ。

(そんなことあったら好きにならないわけないじゃん!)

 それからはしゃべる機会が増えたかなって思う。



 二年生はクラスが別になったけど、他のクラスと合同でなにかをするようなときに一緒になれば、一年生のときと同じように明るく接してくれた。

 その二年生が終わる前、僕・親・担任の先生の三者面談があって。中学校を卒業した後の進路どないすんねやの話をする時間。二年生と三年生それぞれの三学期に一回ずつある。

 たまたま……いや神様がいるんだったら僕の一生分の徳をその瞬間に注いでくれたのかもしれないけど、階段の近くで丸型石油ストーブを囲みながら順番を待っているとき、なんと小佐野さんとばったり! 僕の母さんや小佐野さんの母さんもいて、お互いこんばんは~。(三者面談は夜だった)

「私は南高なんこうに行こうと思ってるんだ。春日居くんは高校どこ行くか決めてるの?」

 いつもの明るい口調で小佐野さんは僕にそう聞いてきた。

 正直なところ、僕はまだそれぞれの高校のことはよくわかっていなかった。少し前に希望する高校を書いて先生に提出したけれど、それも適当に書いたと思う。あんな一覧だけ見せられてもわかんないって……。

 僕はそんな感じだったのに、小佐野さんは行きたい高校を決めていた。びっくりしていたけど、僕は返事を考える間もなく、口からこんな言葉が出ていた。

「お、同じ! 小佐野さんと同じ! 僕も南高に行く!」

 小佐野さんと離れ離れになることだけは嫌だった。それが言葉に出ちゃった。でも小佐野さんの表情はさらに明るくなって、

「本当!? 友達みんな別の高校に行きたいみたいだったから、春日居くんが一緒でよかった! 頑張ろうねっ!」

(そんなことあったら頑張るしかないじゃん!)


 僕の三者面談の番になって、先生に南高へ行きたいと言ったとき。僕の成績ではぎりっぎり難しいかもっていうことだった。

 その時先生に教えてもらったけど、僕らの地域には、よっつの公立高校がある。

 オーソドックスな普通科が中心だけど、芸術面もある程度強い央高おうこう

 古くからこの地域にある高校で、進学校として名前をよく聞く北校きたこう

 英語や情報系など、国際色に力を入れている西校にしこう

 そして、独自の授業スタイルと様々な設備、たくさんの部活などとにかく幅広く学べる南高。

 南高がやや難しい理由は、この独自なシステムが人気らしくて、僕らの地域の外からも結構受験しに来る人がいるらしい。


 ……それでも僕は、「南高に行きたいです」と言った。



 そしてやってきた中学三年生。

 この前の三者面談ですべての徳を使い果たしたと思っていたら、なんと小佐野さんと同じクラスに。もはや徳の前借り状態?

 もちろんしゃべる機会は増えた。


 一緒のクラスになれてうれしい。横顔を眺めているだけでどきどき。いろんな表情をする小佐野さんと同じ時間を過ごせてなんだか幸せ。

 僕はそれまでやったことのなかった予習や復習をするようになった。

 テストでは、難しすぎる問題は解けないことがまだまだあったけど、凡ミスはかなり減ったと思う。少しずつだけど点数は伸びている。

 小佐野さんの点数が気になるけど……他の女子の友達としゃべっているときの表情では、たぶんいい点数だったのかなぁとは思った。



「春日居くん、希望、どこ書いた?」

「も、もちろん南高、だけど」

「ほんと!? 春日居くんだけだよー、私の周りで南高一緒に行ってくれる人~」

 進学校である北校は学力の面で難しいらしいけど、南高の場合は受験者の多さで難しいらしい。

 部活を引退した後だからなのか、小佐野さんの髪は伸びていて、もっとかわいくなった気がする。



 三月。僕たちは中学校を卒業した。

 この時のクラス写真は宝物だ。だって小佐野さんが僕と肩組んでるんだもん。

 一年生のときの体育祭を覚えてくれているのかはわからないけど、僕はまたひとつ、小佐野さんのことを好きになっていたと思う。



 合格者発表。

 入学試験を行った高校、正門近くの広場でいくつもの大きな木の板が少し高い位置に立てられていて、貼り出された大きな紙にはたくさんの算用数字が並んでいた。

 僕……と母さんの計らいによって(Niceナイス!!)朝から一緒にうちの車の後部座席へ乗ってくれた小佐野さんと一緒にやってきた。母さんは近くのスーパーで待機。

 色取り取りの学生服やセーラー服が入り乱れる中、僕は自分の受験番号を探した。

 人がいっぱいいるからなのか、小佐野さんはずっと僕の右手を握っていてくれた。すべすべ。すべすべのすべすべ。見上げる小佐野さんもかわいじゃなくって僕は自分の番号を探さなきゃ。


 ……あった。

 そして僕は改めて、ゆっくりと小佐野さんを見ると、

(な、泣いてるっ!?)

 いや、あの、泣いてるって、えっと、それはどっちの意味で!?

「……春日居くんは……?」

 ちょこっと明るく言ってくれて……でも……ど、どっちの涙かわかんないのに、僕はどんなテンションで言えば……

(右手……)

 僕は小佐野さんと手を握っていることを思い出した。だからそれをちょっと強く握って、ぶきっちょかもしんないけど、ちょこっと笑ってみせた。すると、

「こここさのさっ」

「やあったねぇ~~~!!」

 僕に抱きつきながらぴょんぴょんしてる。あちょっと耳きぃーん……。

「こ、小佐野さんも?」

 僕はなんとか言葉をしぼり出したら、小佐野さんは顔を僕の前に持ってきて、

「ふんっ!」

 今まで見ただれよりもかっこよく、そしてかわいい右手親指ばっちぐぅ~を見せてくれた。

 柄でもないけど、僕も同じように左手の親指を立ててばっちぐぅをして、すべすべおててとグータッチした。



 中学一年生から好きになった女の子、小佐野理桜さん。

 僕の周りでは恋愛の話って全然なかったけど、それでも中学三年生にもなると、だれだれとだれだれが付き合ってるらしいよ~ほんと~? みたいな話を聞いたことがなかったわけではない。

(付き合う……)

 好きな人に好きです付き合ってくださいを言って、相手がはいかいいえを返事。はいならお付き合いが始まる……。

 ……でもなんでかな。僕は小佐野さんと同じ空間にいるだけで幸せなんだ。いいえなんて言われたら、もう僕は学校に通う意味すらなくなっちゃうんじゃないかって思うほど。(なんて言ったら先生に怒られちゃうかなっ、今のなしなし)

 だから僕は……中学卒業までソロ片想いを貫いた。

 好きとか、付き合ってる人いる? とか、今度休みの日に遊ぼうとか、さらには別の友達から小佐野さんの趣味を聞き出してみるとか……連絡網から電話をかけるとか……そういうのはまったくしなかった。

 そりゃ小佐野さんと遊べたらたまらないだろうけど……僕が小佐野さんのことを好きである気持ちは、まったくといっていいほど表に出さなかった……と思う。(※当社比)

 私服だって一度も見たことがない。僕が知っているのは、セーラー服か体操服を着てにこにこしている小佐野さんだけ。

 結局、卒業式が終わっても、小佐野さんに想いを伝えなかった。



 なのに……



「……か、かすが、い、くん…………?」

 あまりの小佐野さんのかわいさに、僕は小佐野さんに、勝手に、えとまぁその、ち、ちゅーというのをしちゃった。

 一瞬、番号を確認する周りのがやがやの音量が下がったように思えていた。そして目を見開いている小佐野さん。

「…………ご、ごめん。どうしても小佐野さんと一緒に南高行きたかったから、頑張って、そしたら受かってて。そこでかわいすぎる小佐野さんの顔見てたら、その……ほんとごめんっ」

(あぁしまったぁ~! この後母さんと一緒にまた車乗って帰るじゃーん!)

「……び、びっくり、しちゃったけど…………えへへ、私もうれしいよっ」

 小佐野さんが目を閉じたと思ったら、僕の右ほっぺにやわらかくて温かい感触がやってきた。

 この時ばかりは自分の身長の低さを、もっと言えば小佐野さんと同じくらいの身長でいてくれた僕に感謝したかも。



「おはよー天雪~!」

「お、おはよ」

 電車に乗ると、真新しい深緑色のブレザーに身を包んだにこにこ笑顔が僕を迎えてくれた。今日はポニーテールな気分らしい。

 反対側のホームは人がいっぱいだけど、こっち側はそこまで混み混みじゃなく、そしてこの僕たちの町の駅は電車の車庫があって出てきたばかりだからか、朝でも座ることができる。

「ね、今日はどこの部体験回ろっか!」

 部活一覧のプリントを見せてきながら肩を寄せてくるかわいこちゃん。

「文化部とか?」

「気になるところある?」

「うーん、僕は特に。小佐野さんは?」

 あ、両ほっぺたふくらんじゃった。

「もぅ~っ。私の下の名前はー?」

「……り、理桜さん」

「さん~?」

「り、理桜」

「よろしいっ!」

 今、僕は、新しい毎日を理桜と一緒に歩き始めたばかりだ。

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