やっぱり、1番がいい
江戸川台ルーペ
第2話
僕の2番に関する歴史は長い。次男だし。
まず小学校の頃から、出席番号は2番だった。「あ」から始まる苗字だったけれど、安御という名前であったが為に1番にはなれなかった。これは別に思い悩む必要はない。苗字は先祖代々から受け継がれた記号であって、僕一人の努力でどうのこうのできるものではないのだ。
小学校の運動会の定番、駆けっこも学年でずっと2位だった。1位のやつはカッコイイ気のいい奴で、学校中のあらゆる人間から好かれていたし、僕も嫌いにはなれなかった。肩を叩かれて「いい勝負だったよな」と爽やかに健闘を讃えられた。見た目的にも性格的にも1位で、僕が彼に勝てるのは出席番号が小さいというだけだ。いやまてよ、出席番号も1番以外は、数字が大きい方が上なんじゃなかろうか? 分からない。
テストの結果もクラスで常に2番だった。当時の小学校は点数は公開しなかったが、担任によっては「点数の悪い順から返します」などと、まさに鬼畜の所業を平然と行っていた。その度にクラスは阿鼻叫喚だった。その担任とはたっぷり6年間付き合わされた。あまりにも僕の2位が続くので、六年生の頃には鬼畜の担任も「残念だったな」を通り越して「また2位!」と発表し、小学校の終わり頃にはすっかり僕=2位と定着してしまったのだった。
でも、僕が2位であることにコンプレックスを抱いていたかと言うと、答えはノーだ。僕は家でガリガリ勉強せずとも自然と成績が2位だったし、駆けっこの結果など、どうでも良かった。長男は常に両親からスパルタ的教育を受けていて、僕がのんびりと蝶を眺めるような生活をしているのを妬んだ。その代わり兄は勉強では常に1位をひた走った。さすが兄。身体的能力は、生まれながらそれぞれに志向が備わっており、これも一人の努力によってどうとなるものではない。兄は努力はしたが、体育で1位になる事はなかった。背の順での整列では1番だったが。僕の場合は後ろから2番。また2番。
その内、僕の事が好きだと言うクラスメートの女の子が現れた。
僕は中学生で、相変わらず何もかも2番漬けの生活を送っていたので、にわかに信じ難かった。だって、女の子は1番の人を好きになるんじゃないのか?
「どうして僕のことが好きなの?」
放課後、静かな教室で告白された時、思わずそう聞いていた。
「なんだか、放っておけなくて……」
もじもじしながら女の子は小さな声で言った。
「あたし、あんまり目立たない人が好きなの。目立つ人って何だか緊張する」
そう言うものなのかな、と思って僕たちは付き合う事にした。彼女はクラスで2番目に可愛かったし。
◆
高校、大学、と僕は常に2番であり続けた。
入学した高校の進学率は県内で2番目だったし、大学も国立大学で2番目に学生の数が多いところに進学した。僕はその頃から既に「自分の常日頃の行動・選択には常に2番が潜んでいる」事を自覚していて、軽く調べただけで簡単に2番を見つけ出す事が出来た。僕はそうした2番を愛した。2番性が僕のささくれだった気持ちや、闘争心を優しくなだめてくれる事もあった。
「だって、あなたはいつも2番じゃない」
中学校から付き合っている女の子が僕に言った。
「外食する時もいつも2番人気のメニューだし、ラブホテルでも2番目に高い部屋をとるでしょ」
「好きで2番をやってるんじゃない」
指摘されると、僕はイライラして言った。
「自然とそうなるだけだ」
「いいのよそれで」
女の子は優しく言った。
「あたしは何でも1番とか、これだけは1番とか、そういう人よりも、何でも2番の人が好きなのよ」
「目立たないから」
僕が確認すると、
「目立たないから」
と女の子がクスリと笑って復唱した。
「君も2番なのかも知れないよ」
僕が意地悪な事を言うと、彼女は軽やかに無視した。
◆
結婚すると、子供が二人出来た。僕は必然的に、2番目の子供を愛した。
「ねえちょっと」
奥さんになった彼女が不満を漏らした。
「さすがに子供の間に愛情の優劣を付けるのはやめた方がいいわ」
「そんな事は分かってる」
僕は哺乳瓶を小さな次女の口にあてがいながら大きな声を出した。
「でもどうしてもやめられないんだ」
◆
僕は世界で2番目に大きい会社で2番目に出世し、2番目のポストについた。その頃には日本を離れ、カナダやハワイで過ごす事が多くなっていた。移動はもちろんビジネスクラス。ファーストクラスという名前を聞くだけで嫌な気分になるほど、2番は僕にとっての当たり前になっていた。
「とても幸せよ」
歳を重ねた彼女も素敵だった。
結婚四十周年の記念に、カナダで2番目に高いビルの高級ホテルで、国民GDPにおけるヨーグルト消費量が2位の国から輸出されたサーロインステーキにナイフを入れながら彼女が言った。
「それなら良かった」
僕は言った。それなら良かった。
「でもね、本当を言うと、あなたは2番目に好きな人だったの」
「え?」
僕は聞き返した。
「あなたより、あの足の早い男の子の事が好きだった。でも、何だか大勢の女の子に囲まれてキャーキャー言われてるのを見たら、冷めちゃって」
十年くらい前から、妻の周辺に男の雰囲気があった。
「それで、ポツネンといつも一人でいるあなたの方が、マイペースで自分を持っているような気がして、そこが気に入っちゃったの。何も気にしない、何も求めない、何も傷つけない」
僕はそれなりの大金を支払い、知り合いから紹介してもらった探偵を使って相手を特定した。
「だからあなたが良かったの。大正解だった。あなたはあたしにとって、一番幸せをくれたひと。一番、大切なひと」
「心配しなくていいよ」
僕は分厚い綿のナフキンで口元を拭った。
「もうすぐ、君にとっても、僕が一番愛した人になる」
彼女は首を傾げて、少し不思議そうな笑顔を向けた。
「生きている人の中では、という事だけど」
僕は店で2番目に古いワインに口を付けて、下から2番目の声量で言った。ソロソロ本気だす。一番になる為に。
(了)
やっぱり、1番がいい 江戸川台ルーペ @cosmo0912
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