第三話 土木士
アニケの準備が済み僕らは早々に出発する。
彼女はいつでも出立できるように準備を進めていた。
「結局のところ、不安を感じていたの」
飛行船までの歩き道、皆から数歩分遅れて歩く僕の隣に並んだアニケはそう語りかけてきた。
「不安?」
「そう、ここはわたしにとって天国みたいな環境でしょ?飛龍の脅威も無くなって、でも村の人も前向きで、ハントも狩りを教えてくれて、もっと居心地がよくなって、それまではみんなと一緒に行きたいって思ってたのに、村を出るのが怖くなっちゃったの、だからここに残ろうって決めたの」
サウへの旅や、サウでの出来事は昨日アニケに話してある。
随所に、羨ましそうな、一緒じゃなくて安心したかのような複雑そうな表情を浮かべていた。
「でもね、みんなが行ってから、ファーの事を考えてわかったの。あの子は自分の居場所も見つけられていないのに、ずっとみんなと一緒にいる。それが羨ましくって、ずっと泣いてたんだ」
この数か月、どれだけ寂しい思いをしたのか。
名代を務めるって義務感で無理矢理自分を納得させていたのかもしれないな。
「ごめんね」
「謝らないで、その気持ちに気付けたから、それからずっと村の皆に指導して、もうわたしがいなくても大丈夫なくらいにできたんだから」
思えば、ハントもウォリも見捨てないでほしいなんて言ってたっけ。
クリナも出会えたことに泣くほど喜んで、僕らを餌付けして、もう離れられないようにしている。
僕にはそこまでの仲間意識はあるのかな?
「ところで、他の四人の手掛かりはあるの?」
「演奏士と調香士、土木士と統治士か、少なくともこれまでの場所にそれらしい手掛かりは無かったんだ」
「そっか、それでこれからどこへ?」
「四人を探すのももちろん重要だけど、取り急ぎファーを安心させてやりたい」
「大賛成。わたしも落ち着けたらここから動物たちを分けてもらおうっと」
楽しそうに走り出すアニケを見ながら、僕は考える。
ひょっとして、統治士ってロシュの皇帝なんじゃないかって。
そうだとしたら、会いたくないなぁ。
飛行船は東を目指す。
標高3、4千メートル規模の東山脈を抜け「未踏の大地」を目指す。
山脈を越えると緑の平原が広がる。
ところどころに山脈からの川が流れ、森や林、野生動物なども多く見ることができた。
高度をかなり下げていることもあるけど、ファーは窓の外に広がる大地に釘付けになっている。
その表情に恐れは無い。
湧き上がる情熱に身を焦がしているかのような、かつてないほど生き生きとした表情を見せていた。
横にいるメディも、風景よりファーの横顔を見て嬉しそうにしている。
たぶん、メディは自分がそんな顔をしていることを気付いてないだろうけど。
できるだけ進路を南に向け、海岸に辿り着いた後は海岸線を北上する。
まずは落ち着いて農場を開ける場所を探そう。
川沿いの、海岸からも離れすぎない場所。
海は遠浅になっていて、確かに岩礁が多く、海流も激しく、とても船で接岸できるようには思えなかった。
遠く沖合に停泊しボートで来れないことも無いけど、それは危険すぎるチャレンジだ。
波打ち際付近は結構な凪の海なんだけどね。
進行方向に違和感。
まっすぐな横線が見える。
「……アキ、人工物」
「やっぱそうだよね」
近付くにつれ、それが人工的に造られた何かだということがわかる。
後席の皆も気付き、前方に視線を送る。
それは、簡単に言えば街の基部だ。
見えた直線は、堀の様にぐるりと四角形を形成していた。
その一辺は1キロくらいありそうだ。
堀には、近くに流れる川からまっすぐ伸びた用水路でつながれ、水で満たされ、傾斜を利用して海に注いでいた。
堀の数か所に木製だろうか、橋がかけられ、堀の内側には複雑な迷路のような溝が描かれている。
「建物の無い、道と区画整理だけされた街、だね」
「上下水道と防御用の堀、あの橋は載せてあるだけみたいですね」
「……あそこ、テント」
マニュが指差す先、1キロ四方に囲まれた街の中じゃなく、堀の外側にどこかで見たようなテントが張られている。
「土木士ね」
ファーの呟きに皆が同意する。
念の為警戒しながらテントから数百メートル離れた位置に着陸する。
街は海から500メートルほど離れ、高低差もあり海面から50メートルは上にある。
街の周辺は肥沃な大草原だ。
そこから二キロほど山脈側に柔らかなイメージの森が広がる。
きっとあそこに魔獣は少ない。
実際、マスパにも魔獣反応は無い……あ、白い光が街の中にある。
僕らはテントを覗きこんだ後、誰もいないことを確認し街へ向かう。
橋を渡り、どう見てもコンクリートにしか見えない高さ三メートルほどの塀を乗り越え、街の内側に降り立つ。
そこは、本当に建物が無いだけの街だった。
用水路が張り巡らされ、いくつかの場所は深い穴が掘られていた。
魔石反応は中心付近。
僕らが辿り着いたその先に四角い螺旋階段とでもいうのだろうか、逆台形に深く掘られた穴の中、一人の男が作業している姿が見える。
作務衣のような着物で地下足袋。
頭に髪は無く、肌は浅黒い。
ふとこちらを見上げたかと思ったら、閉じているかのような糸目のまま、ニカッと笑いこちらに手を振る。
「いらっしゃい!ようこそ儂の街へ!」
それが土木士シビエの第一声だった。
調理機器が揃っている飛行船の中で、僕らは新たな仲間と夕食を囲む。
「それにしてもすごいであるな!一年も経たずこんなすごいモンを創りだすとは!」
「いや、シビエも大概でしょ?なんですかこの街は……」
「はっはっはっ!なにせ一人で暇だったからな、いつか皆と出会った時のためすぐに暮らせるようにな。衣食はなんとかなったが、テントじゃ心もとないだろ?」
ウォリも大ざっぱだけど、シビエも豪快な男だった。
不安も心配もまったく感じない、ポジティブが服を着て歩くような感じ。
いつものように全員で情報のすり合わせをして、お互いの理解を深める。
「いやあ嬉しいな!ここは土地が良くてな、でも儂は作物は門外漢だ。せいぜい森で果物や動物を捕るか、海で魚や貝を採って来るか、男の一人料理ってやつだ」
その言葉に、皆はホッとする。
先の事はわからないけど、やっと落ち着ける場所を見つけられたんだ。
いや、シビエが一人で、造り続けてくれていたんだな。
食後、闇夜の中、ファーが草原の中に拓かれた100メートル四方、1ヘクタールの土地の上にいる。
シビエの能力には地面を掘ったり均したりという魔法のような力があった。
ついでに畝も作ってもらい、十分に耕されたそこに、彼女は金色の粒を蒔く。
踊るように軽やかに、月に照らされ、時間も忘れ、彼女は長い旅で積み上げてきた能力を使って、命の源である作物を作る。
「……楽しそうだね」
「そうだね」
皆、自分の事の様に嬉しくて踊る彼女を見続ける。
「……ボクもずっと楽しかった」
「僕の図面があったから?」
「……いじわる……」
マニュが僕にぴたりと貼りつく。
「……アキがこうやって、温かい目で見てくれてたから」
「それは、初耳だな」
僕はマニュの肩を抱き、ファーの楽しい時間が終わるまで、皆と一緒に見守っていた。
翌日、朝日に照らされた風になびく金色の海は、実りに実った麦の穂だった。
「ここで米を作らないのがファーらしいですよね」
メディが嬉しそうに笑う。
「ふふん、まずは試運転だもん。それに稲作って大変なのよ?」
ファーは麦わら帽子をかぶり直し、向日葵のように笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます