第4話 料理士クリナ

 サウは大きな街だった。

 街の周囲をぐるりと高さ五メートルほどの街壁?が囲む。

 もっとも海に面している部分に壁は無いが、それでも半周以上は立派な壁。


 サウ周辺には、大小多くの町や村があり、多くの人々が出入りするためか、入場する際も特に身分証明などは必要なかった。

 その代わり、魔石のチェックを受けた。

 ほとんどは収納しておいたが、ソルが道中で倒した魔獣の分はしっかり検出されていた。


「魔石の用途は?」

「討伐協会で買い取ってもらえると聞いた」

「ああ、討伐者か。まだなら登録しておきな。じゃないと買い取ってもらえないぞ?」

「わかった。ところで地龍討伐選抜大会の受付はどこで?」

「それも討伐協会でやってるよ。今年は猛者揃いらしいぞ?がんばんなよ兄ちゃん」


 門に併設された受付のおっちゃんは気さくな人だった。

 街の雰囲気は全体的に粗野な印象だけど、秩序は保たれているっぽい。

 少なくとも僕らみたいな、子供だからってだけで絡まれる感じは無い。

 

「アキたちはどうする?俺は討伐協会に行くけど」


 僕らの当座の目的は、料理人を探すことだ。

 ただ、この街もよく見たいし、選抜大会とやらも見てみたい。

 それに、すでにソルと別行動する必要性も感じていない。

 皆とも打ち解けているし、何よりテラメモリの恩恵を得られない今の僕らにとって、ソルの強さは欠かせない。


「地理もわかりませんからご一緒します」

「探し人はいいのかい?」

「急ぎませんし、討伐協会も興味があります」

「そっか。あーアキ?せっかくサウに着いたことだし、もっと砕けた喋り方してくれないか?俺にだけそんな丁寧な感じだと、その少し、な」

「なんだっけ、ロリショタホモで攻め受けオール属性コンプ?」

「アキは人タラシですからね」

「……ボクはいらない子」

「おれもいらない子?」


 僕はどうにも誤解を受けやすい体質らしい。


「おうっ!じゃこれからもよろしくな!ソルの旦那!」

「普通にしてくれればいいんだけど」


 ソルはそう言って苦笑した。


 討伐協会とやらは、物語で言うところの「冒険者ギルド」的な役割を担っているみたいだった。

 ソルが資格登録し、説明を受け、魔石を売って、ついでに選抜大会の申し込みもした。

 ちなみに僕らは協会への登録はしていない。

 魔石は売るどころか、買いたいくらいなのだ。

 お金はないから自分たちで調達するけどさ。


「アキの言う通りだったな。少なくとも一ヶ月は泊まれる宿を探して、研修に臨まなきゃな。まあ六人が泊まれるだけのお金にはなったから心配ないぞ」

「……」


 冗談みたいな話、選抜大会には協会の資格取得の他に、協会が設定する研修を受ける必要があった。

 期間は僕のデタラメ話に比べ、半分の二週間だけど。

 

 そんなわけで、協会に紹介してもらった認定宿に向かう途中、ファーが立ち止まる。


「ね、ちょっとこの匂い、やばくない?」

「……これはマズイ、美味そう」


 マニュ、どっちなんだ。

 というか、暴力的なほど食欲をそそる匂いが道の先から漂ってくる。

 ファーもマニュもハントも、ふらふらとした足取りのくせに高速移動している。


「なんだかいい匂いだな、俺たちも行こう。金はあるからな」


 ソルも続く。


「アキ、この匂いは」

「テリヤキ、だよね。噂の料理人、探すまでもなかったかな」

「で、おそらくは料理士ですか」


 僕らが遅れてたどり着いた広場は、いくつかの屋台が軒を連ねていたが、その一つには長蛇の列ができていた。

 予想通り、そこが本能を揺さぶる匂いの発生源でもある。

 この世界の通貨も持ってないのに、ファーたちはどうするつもりで並んでいるのか。

 とは言え、そんなことはもちろんソルに懇願してでもなんとかするつもりだ!


 列が進むと、屋台上の調理機器で料理を作りながら売り子をする女性が見える。

 二十歳ぐらい、ふんわりとした印象のニコニコした顔。

 エプロン姿のその人は、茶色の編んだ髪を左右に降ろし、汗をかきながら、とても楽しそうに働いていた。

 販売しているのは、コンロで焼く串焼きのようなもの。

 肉、野菜、それらを塩や胡椒、そしてテリヤキなどで味付けしているみたい。


「全種類、六本ずつください!」


 ファーの声が聞こえる。


「えっと、お肉焼きが二種類、野菜焼きが三種類、味付けもそれぞれ三種だから、90本になっちゃうわよ?」


 屋台のお姉さんはそんなファーに優しく諭すように問いかける。


「大丈夫!ソルお願い!」

「えっとね?お金ももちろんだけど、そんなに食べられるかな?それと、ごめんね、そろそろ食材が終わっちゃうんだ。後ろに並んでいる人たちにもできるだけ食べて欲しいから、一人一本にしてもらえると嬉しいな」


 15歳くらいに見えるとはいえファーの容姿は子供だ。

 それに対し丁寧な対応と、他のお客さんに対する気遣い、僕は今本物の料理人を目の当たりにしている!

 冗談はともかく僕らは好みの一本ずつを選び、列から離れた場所で様子を伺った。


「これほんとうっま!」

「……アキお腹いっぱいなら食べてあげる」

「味わってるだけだよ?あげないよ?」

「これ素材は大したことないって思えるのに調理方法ですかね?口の中がパラダイスですね」

「なんの肉だろう?おれの収納してある肉、調理してもらいたい!」

「ここじゃ出せないでしょ」

「ほんとに美味いな……俺が道中狩った肉、取っておけばよかったな」

「保存できないんで腐ってますって」


 みんなハイテンションだ。

 ヤバい調味料でも使ってるんだろうか?


 見渡すと、閑古鳥が鳴いている他の屋台のおっちゃんおばちゃんも苛ついてる感じは無く、みんなのほほんとしている。


「すみません!今日はもう売り切れになりました!また、明日お願いします」


 お姉さんが未だ並ぶ人々にペコペコ頭を下げているが、驚くほど文句も出ず、いいよいいよと人が散らばる。

 人々の散った先には他の屋台。

 なるほど、集客システムとして互恵関係が築かれているんだね。


 お姉さんは屋台の片付けが終わると、調理していたコンロをアタッシュケースのようなものに仕舞う。

 僕は、ポケットに入れていたマスパを取出してみると、お姉さんの位置に白色の魔石反応がある。

 間違いないね、と、メディと頷き合う。

 でもなんでこんな堂々とできているのか?

 ひょっとして魔石持ちの人って珍しく無いのかな?

 そんなことを考えていると、お姉さんがアタッシュケースを手に持ちやってくる。

 それ、見覚えがあるなぁ……カセットボンベ式の携帯用コンロだよね?


「えっと、間違ってたらゴメンね。テラ・メモリって知ってる?」


 お姉さんは、僕らに対しちょっと上目づかいにそっと告げる。


「そう言えば前、俺もそんなこと聞いた……」

「あ、はい!お姉さんちょっとこっち来てもらっていいですか!」


 ソルの前で話す内容じゃない。

 彼も仲間かもしれないが、未だ確証は無いのだから。

 僕はお姉さんの手を引き少し離れる。

 何故だかマニュも付いて来た。


「どした?マニュ」

「……危険察知がびんびん」


 マスパを覗くがお姉さんの反応しかない。


「大丈夫そうだぞ?」

「……同席する」


 まいいか。


「えっと、料理士さんで良いでしょうか?」

「ええ、みなさん若々しいのね。ワタシは料理士のクリナって言います」


 ぽやぽやした笑顔のクリナはそういって綺麗なお辞儀をした後泣き出した。

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