第9話 狩猟の意味

 僕らの存在と魔獣の関係。

 魔狼の荒野でも魔境の森でも、ヤツラは僕らに対し問答無用で襲ってきた。

 それは獲物として?それとも?

 とは言え、わかんないことは、できることを考えた上で、それ以上深く考えないってのがこの世界で僕らがやってきたことだ。


 アニケが聞いて来た話とはこうだ。

 守護者である飛龍は、約二カ月に一度この地に訪れ、村人が用意する貢物を対価に周辺の魔獣を狩り、またいずこへと去っていく。

 滞在期間は二週間ほどで、その間は祭られている神殿やセル湖付近を根城にしているそうだ。

 今日、アニケは村人たちが行う貢物の準備を手伝った。

 そこには多くの牛や羊が用意されていたそうだ。


「わたしは、魔獣の餌を育てていたのでしょうか……もちろん、人間が食べるために育てている家畜という存在、それに対し、わたしは罪深いなどと思うわけではありません。胸を張ってその命をいただいているつもりです」

「動物はそれをなっとくしてる?」

「……ハントがおっしゃりたいことは、人間のために飼育されている動物の気持ちを考えているかということですか?」

「魔獣もやせいの動物も、生きるために戦う。ときには人だって狩られる。おれはそのかくごを持ってる」

「……飼育された動物には選択肢が無いと?ではこの村の動物は不幸だと思いますか?確かに生の果てにその命をいただくことはあっても、面白半分でその命を狩ることはしていないつもりです」

「……おれが、スポーツ気分で狩りを楽しんでいるって言いたいの?」

「そうは言いません。でも、人間が使う道具は、アキが創る武器は強すぎるとは思いませんか?圧倒的な力を手にして、そこにまだ狩られる覚悟はあるのですか?」

「ちょい、ちょ~い、こらこら二人共、思想対決は止めたまえ。僕にすればどっちの言い分も理解できるけど、どっちが正しいなんて判定はしないよ?つまり不毛な話はもうお終い」


 二人共、我に返ったように俯き、黙り込む。


「まずは飛龍の話が聞きたい。アニケ、村人はなんで飛龍が来ることを知ってる?」

「満月の晩に訪れ、二回目の満月の晩に去るというサイクルを続けていると。次の満月は明後日の夜です」


 律儀なルーティーンを守っているのか。


「さて諸君、アニケも聞いていると思うけど、僕らの体には魔石があります。飛龍は魔獣を狩る。餌のつもりじゃないよね、餌は村人が用意するんだから。てことは」

「飛龍のごらくって言いたいんでしょ?」

「ハント、狩りが娯楽なんて言ってないよ?それに問題なのは、僕らが狩られる対象になるかもってこと」

「……ファーが一番美味しそう」

「ちょっマニュ、あんただってぷにぷにしてかじりやすそうじゃない!」

「ほらそこ、百合ってる場合じゃないぞ?言ったろ?餌じゃないって」

「飛龍の魔獣狩りに魔石を持つ私たちが含まれるか否か、前例は無いですからね」

「アニケ、飛龍は人を襲わないんでしょ?」

「……とくに確認していませんが、崇めるほどの存在なので大丈夫かと」

「いえ、崇めるほどの存在だからこそ、その傍若無人を許容しているケースもありますよ?抗えない存在であるが故に、悪魔ですら信仰の対象として扱うものです」


 メディの意見にアニケはじっと考えている。

 これまでの村人とのやりとりを思い出しているのかもしれない。


「さて、そこで僕たちは選択を迫られる。一つは逃げること。魔境の森は断崖絶壁の上なので却下。東西か南」

「東西は遠くに山脈が見えますが、どちらもここより標高も高く移動は難しいでしょうね、途中の森も深そうです」


 すぐにメディが反応する。


「そうだね、逃げるとしたら南にある「サウ」って街もいいかもしれないし、途中で良いところが見つかるかもね」

「え~あたしの育ててるお野菜たちは?」

「ファーには申し訳ないけど、まずは命が大事。この瞬間の高原野菜か、死ぬまで成りつづけるお野菜、どっちを選ぶ?って話」

「すぐ逃げよう!」

「まあ、もうちょっと待って。二つ目は、僕らで飛龍を倒す」

「え?それは、村人も納得できないかと」

「アニケ、その場合、この村はずっと飛龍に搾取され続けるんだよ?」

「そ、そうだとしても、それで平和が保たれるのなら……」

「戦わずして、恭順する。それも一つの道ではありますね」


 アニケの異論に、僕とメディが答える。


「そうだね、戦わず素直に食べられてやるってのが三つ目の案。さ、どれを選ぶ?」

「……飛龍の魔石、もう一個欲しい」

「そうか、美味しい可能性もあるのか」

「地球にいない生物の解剖チャンスは逃したくないですね」


 三人の回答を受け、ハントに目を向ける。


「おれ、戦いたい!みんなを守りたい!」


 僕はハントに頷き、アニケに視線を送る。


「飼育されていたのは、この村の人々だとおっしゃるんですね?」

「そうは言わないよ。実際、共存して生き残ってきたんでしょ?飛龍の性格なんて知らないけど、村にとっては生き残るため必死だったんだと思うよ?そこの苦悩に対し軽々しくお前たちのやり方が悪い!なんて言えるはずないよ」

「でも、アキたちはその仕組みを壊そうとしてる」

「正直、村の事情より、僕らの事情でしょ?アニケだって他人事じゃないよ?まず真っ先に僕らが狙われるはずなんだから」

「なら、尚の事、わたしたちが逃げさえすれば!」

「アニケ、僕はまだこの村の人にさえ会っていない。ここにいる誰より、君は村の人たちと交流があるはずだよね?きっとたくさんの人、知ってるでしょ?君はその人たちを残してここを去れる?その人たちを残して飛龍の餌になれる?」

「わたしは……」

「大丈夫だよ。僕にいい考えがあるんだ。君にも村の人にも迷惑をかけない。約束する」

「……この女たらし」

「アキって無自覚でかっこつけるよね」

「まあ大体、何を考えているかわかっていますけどね」


 きみたちうるさいぞ。


「ほいほい、冗談はおいといて、対飛龍戦、さっそく準備に入ろうか。とはいえ、ご存知の通りまずは僕の設計からなので、みんなは今の内ゆっくりしておいて」

「アキ!」


 僕が部屋に戻ろうとするとアニケに呼び止められる。


「晩御飯、すぐ作るから」


 いくぶんスッキリした顔で、アニケはそう言って笑った。


 食後、部屋に戻ると当たり前のようにマニュが付いてくる。

 各自個室があるのに、この子はまったく。


「……まだ何か創るの?」


 二人でベッドに腰掛けてマニュは問いかける。


「いいや、さっきまで造ったので事は足りるよ。メディにもそれは言ってある」

「……なら、なんで?」

「ゆっくりしたかったのと、そうな、やっぱり僕の創るものが規格外だからかな?」

「……わかるように言って」

「飛龍の事が頭になかったわけじゃない。それは魔狼の荒野から対空装備の必要性っていうか、いつかは戦うって予感はあった。でも、具体的に飛龍と戦うって話の前にそれを創ったって言ったら、アニケはどう思う?」

「……娯楽感覚?」

「そ、僕は結局、自分の創るものを試したいって興味を隠しておきたいだけかもね」


 僕はそう言ってマニュの頭を撫でる。

 この子の前では正直にいたいんだ。

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