第12話 設計士と製造士2 

 僕は、瞼に明るさを感じ、意識を取り戻す。

 目を開けると、朝日が眩しい。

 すっかり眠ってしまっていたみたいだ。

 寝ずの番を志願してこのザマなら、マニュと一緒にテントで寝れば良かった。


 生きているからこそ感じる結果論だ、気を緩めてしまったけど、僕らはとりあえず最初の朝、厳密には二度目の朝を迎えることができた。


 折り畳み椅子から立ち上がり、伸びをする。

 瞬間、動けなくなった。

 視線の先に、こちらを見つめるモノがいた。


 いつからそこにいるのか、気配なんてまったくわからない。

 朝日を浴びて黄金色に輝く獣は、記憶にある狼だった。

 金狼?

 恐怖よりその荘厳な佇まいに、こいつに殺されるんならしょうがない、そんな思いも浮かんだが、マニュを守らなきゃと思った瞬間、狼が視線を外す。

 そのまま反転し、地平線に向かい走り去り、その姿が見えなくなるまで、僕は一歩も動けなかった。


 ちょっ、あぶなっ!


 我に返ると、怖さと怒りが湧く。

 たき火のおかげで助かったのかもしれないが、と、たき火を見るととっくに火は消えている。

 普通にやばい土地でのほほんとキャンプしてた事に戦慄も覚える。


 とは言え、他に選択肢も無かったからな。

 それに、あの狼から殺気は感じられなかった。

 殺すつもりなら、とっくにやられていただろうし。


 せっかく造った槍、まったく役に立てなかった。

 でも、こちらが戦意を見せたらやられてたかもしれない、だから、うん、仕方ないね。

 僕は何も見なかったと。


 あらためてたき火を熾し、マニュを起こし着替えさせ、朝食を食べる。

 今日の朝食もレトルト食品だ。


 朝食の後、マニュに、トイレの処理と共に、ゴミ箱の能力も教える。

 たらいと生活用水で食器を洗い、歯も磨く。


「……おふろ、入りたい」

「ねえ、一応確認で言っておくけど、僕らは遭難状態なんだよ?」

「……おふろ、入れないの?」


 たらいは子供用プールくらいのサイズだったので、何度もお湯をわかし、ぬるま湯程度のお風呂を用意する。

 確信した。

 マニュの上目使いは僕をダメにする。


 入浴中の女子の側にいないだけの常識は持ち合わせているので、当たり前のように野営セットに入っていたシャンプーや石鹸と、タオルや着替えを用意し、僕は周辺巡回に出る。


 マニュはもう少し危機感を持つべきだ。

 いくら僕らが十代前半程度の若い肉体であっても、あれ?そのくらいのボディってかなり二次性徴ってんじゃね?

 よせよせ、僕が言ったばかりじゃないか、今は遭難状態だ。

 安全な生活が迎えられるまではそういうの無し!


 冗談抜きで、ここには狼という、人を容易く殺害できる脅威が存在しているんだからさ。


 僕は槍を握りしめ、常にマニュの位置を視界に入れながら、らせん状にぐるぐると巡回して回った。

 遠くに緑色の草が見えるあたりで引き返す。

 荒れ地になっているのは半径2kmくらいか。

 僕らを構成するにしても、草や鉱物といった元素だけじゃ足りないってことくらいはわかる。

 僕らの元になったにえがあるはずなんだ。 


 ひょっとしたらそれは、あの狼の餌だったのか、それとも、同族だったのか、はたまた、現地人だったのか、そんな想像が浮かび、自分の罪深さをほんの少し感じてしまった。


 キャンプ地?に戻ると、すっかりさっぱりしたマニュに迎えられる。

 着替えも済ませてご満悦な表情だ。


「……アキもおふろどうぞ?」


 お言葉に甘えて、昨日からの汚れを落とす。

 それにしてもすべすべだな、この体!


「……すべすべですごいよね」


 何一つ遠慮なんてせずに僕を凝視し続けるマニュを見ていると、羞恥心だとかいう感情は失われた遺物なんじゃないかと思う。

 見られることにヘンな喜びを感じたらどうしてくれるんだ!

 これ以上おかしな性癖が生まれないように、努めて冷静に風呂を済ます。


「さて、マニュさん。僕らの能力を再検証し、今後の方針を考えよう」

「……さいけんしょう?」

「そ。僕らは二人とも、能力を使う事に成功し、成果物もできた。これはものすごい第一歩だと思うのです」

「……はい」

「で、僕らはじゃあどうすれば良いかって問題があります。それは今の遭難状況です」

「……はい」

「マニュさんはどうすればいいと思いますか?」

「……ここで暮らせばいいと思う」

「はい、却下です。こんなただっぴろい、なにがいるかもわからない場所でのんべんだらりと暮らせません。僕は、屋根と頑丈な家屋を希望します」

「……ここに、家を建てる?」

「建てません。建てる場所は安全が確認された場所、できれば不動産屋さんに安全が確約された場所が望ましいです」

「……つまり、安全な場所を探す、旅に出る?」

「まあそうなんだけどさ、ここ、見渡す限り地平線でしょ?どっちに向かって歩けばいいのかすらわからないんだよね」


 現在位置と到達地点、その二点がわからなければ、直線は引けないのだ。


「……てきとうに歩くのじゃだめ?」

「それも選択肢の一つなんだけどね。僕らは幸いにして、衣食には困らない」

「……じゃ、それで」


 遭難状態も、生き続れけば、それも旅をしてると言えるのかもしれないが。

 仕方ない、怖がらせたくなかったが、言っておくか。


「マニュ、あのね、この辺りには狼が出るんだ」

「……アキのこと?」

「……そういった比喩的表現じゃなくて、え?僕のことそんな目で見てるの?」

「……むしろ鶏?」

「ニワトリ?なにが?」

「……それはともかく、狼がいたの?」

「いたよ」

「……なんでボクたち生きているの?」

「え?」

「……周り、なんにもないよね。他に生き物も見ないし、ボクたち美味しそうだよね?」

「はい」じゃなくって!

「狼は、大丈夫だと思う」


 マニュにしてははっきりとした物言いに、確かに僕の中にも狼そのものへの恐怖が存在していないことを知る。


 もし、僕らを構成する素材の中に、今朝見た狼の係累が含まれていたとするならば、僕らがお互いを認め合えるのも必然なのかもしれないな。

 全部、想像でしかないけどさ。


 その後、二、三日はこの場所で能力の検証をしたり、旅の準備を整えようと確認し合い、取り急ぎ「物見やぐら」を造ることにした。


 今度は最初から、マニュのひざまくらでだ。

 その方が効果的だから!と堂々と嘘をついた。

 あながちウソでもないが……。

 前回以上に集中度もあり、わずかだが熟練度が上がった気がする。


 結果的に、L型アングルという鋼材を用いた、高さ5メートルほどの「物見やぐら」の部品を、マニュも小一時間程度で完成してしまった。

 僕は、同時に造られたボルトナットで、せっせと組立て、太陽が直上に上がるころには、立派な「物見やぐら」が完成した。

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