第78話 本編 プロローグ
俺はゆっくりと剣を振り上げた。
その先にいる男は、恐怖に顔を歪ませて、尻餅をついている。
情けない、哀れとすら思える姿だ。
「じゃあなセリシオ」
慈悲はかけない。
その段階はとうに過ぎ去っている。
「お前は、この世界には不要だ」
*********
話は、一月ほど遡る。
「まさか、薬草とはなー」
俺がため息交じりにそう言うと、アトスとクレアがビクッとなった。
俺達は今、大衆食堂にいる。
丸テーブルの中央には、薬草が一束置かれていた。
なんの変哲もない普通の薬草だ。
すでに鑑定済みなので、『実は凄い』なんてことはない。
正真正銘ただの薬草だ。
「ほんっとよねー。何? あのダンジョンには魔王を倒す為のアイテムがあるんじゃなかったの? あんたら数週間も薬草の為に頑張ってたわけ?」
アティが痛烈な皮肉を言った。
そう、この薬草は、勇者パーティーを散々苦戦させた、リザードキングが守護していたダンジョン最深部にあった宝箱の中身なのだ。
何故、こんな何の変哲もない薬草が、大事に守られていたのかは謎だ。
もしかしたら、万が一、鑑定をすり抜けているだけで本当は凄いかもしれないと思って保管しているが、多分違うだろう。
「あたしー、パーティーに入った時には、もうあのダンジョンには凄いアイテムがあるって言われてたので、立場は二人と同じなんで悪しからず」
巻き込まれちゃ叶わんと、ステラはあっさりと二人を見捨てた。
「ちが! 違うんだよ!」
アトスは堪らずに、抗議を開始する。
「これは、その、僕らも情報を貰ったからそれを信用して」
「そういう情報を精査するのも大事じゃないんですかー」
アティは追及を止めない。
ちょっと気の毒になって来たな。
この辺りで止めるべきか?
「あ、あはは。セリシオさん。いえ、セリシオが持ってきた情報だったので、当時は信用して・・・」
クレアが困り果ててそう言うと、
「はぁーーーー!! あいつ使っかえな!」
アティのボルテージはビンビンに上がっていく。
「なんなの? なんなわけあの大賢者(笑)様は? まともな情報一つ仕入れてこれないわけ? どうせ『凄い情報を仕入れてしまいました。流石私ですね』とか思って終わっちゃったんでしょ!」
「そ、その可能性はあります・・・」
クレアは身を小さく縮めた。
「よく今まで冒険出来ていたものね」
はんっ! と、アティは鼻で笑う。
「あの、その手の仕事は今まではレオダスがやっていたので」
バン! と、アティは丸テーブルを叩く。
「あんたらねぇ! 情報収集なんて重要な役目をしていた人間を、あっさり追放したわけ!!」
アティはぶちギレた。
それはもう、大噴火という感じで。
二人は相当焦った様子であたふたと狼狽える。
「だ、だから言っただろう。それはセリシオの独断で、僕らは知らなかったんだよ」
アトスは珍しく汗をたらしながら言い訳をする。
まだ納得できないのか、アティは「キーーー!!」と喚いているけれど、それでは話が進まない。
「まあまあ、誰にだってミスはある。その情報を自信満々に持ってきたのが俺だったかもしれない。あいつを責めるなとは言わないが、切り替えていこう」
「・・・レオダスがそう言うなら」
まだまだ言いたいことがありそうだったが、一応は呑み込んでくれたようだ。
「アトス。今後の行動の指針は立っているのか?」
現在、俺達は二つの目的がある。
一つは勇者の指名。
魔王の討伐だ。
そしてもう一つ。
逃げたセリシオを追うこと。
この二つを目的に、俺達は動いているんだが、一先ずが途中だったこのダンジョン攻略。
まあ、魔王討伐の一環となっていたんだが、それが不発に終わった。
では次だ。
王様には冒険を優先してくれと言われていたが、さてどうする?
アトスは黙る。
冒険を続けるなら、情報収集して、違う町に向かって、別のダンジョンや、モンスターに怯える人々を助ける方針を立ててもいいだろう。
セリシオを探すなら、まあ、やっぱり情報収集になるんだが。
その時、一人の男が、俺達の前に立った。
顔を見上げてよく見ると、鎧は着ていないが、多分騎士だ。
「勇者アトス様とそのパーティーの皆様とお見受けしますが?」
「そうだけど」
アトスが返事をすると、騎士は「おおっ」と、喜んでいる。
あちこちで聞き込み、長い間探していたんだろう。
「国王様より、重要な言付けを預かって参りました」
「王様から?」
なんだろう?
王様から直々となると、確かに重要だな。
「詳しいことは私には教えられていません。ただ、至急勇者様を呼び戻せと」
「いったい何があったんだ?」
俺が尋ねると、騎士は真剣な表情でこう言った。
「王国の危機、と」
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