第32話賢者サイド 核心に迫る

 賢者サイド


 私は失意と共に宿へと続く通りを歩いていた。


 散々でした。


 あの男の言ったことは本当だった。


 あれから何人かに同じ様に声をかけましたが、結果は芳しくありませんでした。


 どうやらあの女、ステラは思った以上に有名人だったようです。


 その女を追放した私は、ここでは疎ましい存在というわけですね。


「クズ共が・・・」


 この私に対し、こんな扱いをしたこと、必ず後悔させてやりましょう。


 この町がモンスターに襲われても絶対に助けません。

 皆死ねばいいのです。


 重い足取りで宿の前まで来ると、ちょうど前方からアルトスがやって来ました。


 私は嘆息した。


「・・・また飲んでいたのですか?」


 この馬鹿は冒険に出ないのならと言って、日中から飲んでいるようです。


 こんな品性のない男が、名目だけとはいえ私と同じパーティーとは。


 ですがどうしたことでしょう。


 やけに機嫌が悪い様ですが。


「散々だったぜ」


「何かありましたか?」


 思わず聞き返してしまった。


 この男とはあまり会話などしたくもないのだが。


「飲んでいたんだが、やけに視線を感じてな。しかも気に障る嫌な視線だった」


 ・・・まさか。


「で、一人をとっ捕まえて理由を聞いたんだ」


「手を上げたのですか?」


「まあ、ち~とな」


 いたずら小僧の様にこいつは笑う。


 馬鹿が!


 自分のしでかしたことが解っていないのですか。


「で、分かったんだ。ステラの野郎だ。奴が俺達の悪い噂を流していやがる」


「・・・やはりですか」


 私は舌打ちをした。


 あの女の影響力、侮っていましたか。


「ちきしょう! ふざけやがって!!」


 アルトスは地面を蹴った。


「不味いですね。ここまで悪評が立つとは。我々は勇者パーティーですよ」


 私は世界を救う名誉を得、称賛されなければならないというのに、何故こんな目に。


 アルトスは私の話を聞いて血の気が引いた様子だ。


「酒場で騒ぎ起こしちまった。ど、どうする?」


「とことんまで愚かですねあなたは」


「う、うるせー。元はと言えば、てめえがステラを追放したのが原因だろうが」


 なんと忌々しい男でしょうか。


 自分の失態をさも私が原因の様に。


「とにかく、ステラを探しましょう。これ以上くだらない噂を流さないようにさせるのです」


「わ、分かったぜ」


 上手くいかない。


 あの男を追放してからというもの全てが。


 レオダス、あの疫病神めが!




 クレアサイド。


 私は一人、部屋の中にいました。


 外に出る気力が沸きません。


 私は今までにないくらい怒っているのです。


 セリシオさんを叩いてしまった手を見つめる。


 人に暴力を振るったのはこれが初めて。


 ですが、謝る気にはなりませんでした。


「・・・私はこんなにも、小さい人間だったのかな」


 手が震え、自然に涙が溢れてきました。


「レオダス、レオダス、レオダスっ」


 あの人がいなくなってから全てが狂ってしまった。


 ステラさんに言われ、改めて実感しました。


 私達がどれだけ彼に甘えていたのかを。


 彼がいなくなれば、私達はダンジョン一つ攻略することが出来ない。


 私の心の支え。


 大切な人。


「う、うっ」


 涙が止まらない。


 私は、なんて弱い。


 その時、


「あ~、その、マズイタイミングで来ちゃいましたかね・・・」


 ビクンと、もの凄い勢いで身体が震えました。


「だ、誰!?」


 声がした方を見れば、なんとステラさんが窓の外にぶら下がっていました。


 ここ、二階なんですけど。


 私はすぐに袖で涙を拭いました。


 は、恥ずかしい。


「取り敢えず入れてもらっていいっすか?」


「は、はい!」


 私は窓を大きく開き、ステラさんを部屋の中へと招き入れた。


 ステラさんはぴょんと中に入ると私に向かって笑います。


 この人の気さくな笑みは心を温かくする。


 本当に、なんでセリシオさんはこの人を追放したんだろう。


「どうもどうも、なんか変な時に来ちゃったみたいですいませんね」


 気まずげにそう言われ、私はまた顔を赤くした。


「い、いえ、いいです」


 ステラさんは手を後ろに回し、「にしし」と笑った。


「あ、あの、どうしてここに?」


 まさか戻ってくれる?


 いえ、あんな別れ方をして戻って来てくれるはずがない。


「や、この町を出て行こうと思いまして、その前に会っておきたいな、と」


「で、出て行くって。私達のせいですか?」


「そうとも言えるし、自業自得とも言えます」


 どういうことだろう?


 私は首を傾げた。


 ステラさんは気まずげに頬をかく。


「いやー、ちょっと酒場で愚痴ってたら、思ったよりも騒ぎが大きくなっちゃって」


「愚痴って、追放の件ですか?」


「そうです。当てつけのつもりはなかったんですよ? でも、あたしもムカついたし、酒の勢いもありまして」


「そうなんですか・・・」


 とはいっても、彼女に文句など言える筈もなく、私は神妙な顔を作った。


「で、あの二人に見つかったら何言われるのか判らないんで、さっさと出て行こうかな、と」


「・・・ごめんなさい。私達のせいで、この町にもいられなくなって」


「だからそれは自業自得な部分もあるんでいいんですけど、その前にクレアさんと勇者様には世話になったんでお別れを言いに」


 ステラさん。


 おちゃらけて見えて、本当は義理堅い素敵な人。


「勇者様は?」


「勇者様は、ずっと素振りをしていて、疲れて寝てしまいました」


 申し訳なく頭を下げた。


 勇者様も思うところがあるのでしょう。


 これも神が与えた試練なのでしょうか?


「そうですか、お詫びと言ってはなんですが、一つ気になることがあって」


「なんですか?」


 何が気になるのだろう?


 また何か欠点を思い出したんだろうか?


 緊張して彼女の言葉を待ちます。


「本当に死んだんですかね、レオダスさんて?」

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