第14話王女アティシア

 俺はあんぐりと口を開け、目の前の人物を凝視した。


 この国の第一王女、

 アティシア・サレン・ルク・アルベキア。


 俺なんかが直接話せるはずも無い超大物だ。


 そんな彼女と知り合いなのは、俺が国王に目をかけられ、たまに王宮に招かれたことがあったからだ。


 何が気に入ったのか、彼女はよく俺とお茶会をしたり、稽古を見学したり、話し相手として俺を選んだ。


 当時は今のアトスと同じくらいな年だったのに、成長したな。


 この年頃の女の子を二、三年見なければそりゃあ化けるだろう。


 俺が固まっていると、アティシア王女はニンマリと笑った。


「驚いた?」


「そりゃ驚きますよ。なんでここに?」


「いつものように城を抜け出して」


「・・・敢えて聞かなかったことにします」


「いつものようにあなたの家を見に行ったら、びっくり、レオダスがいたわけよ」


「はあ。それじゃなんで俺の」

「ストップ」


 王女は指を綺麗に立てて俺に突き出し、待ったをかけた。


「あなたばっかり質問するのはずるいわ。今度はあたしよ」


「わ、分かりました。何が知りたいんです?」


「なんで実家に帰って来たの? 勇者と冒険してたんじゃないの?」


「あー、それはですね」


 俺は非常に気まずくて、目を泳がせながらどう言ったものかと思案した。


 だが、さして語彙力のない俺が上手く話せるわけもなく、結局はありのままを話した。


*********


「うーん。そっかー」


 王女は腕を組み、ぶつぶつ言いながら、何か考えているようだった。


「でも、これまで一緒に戦って来た仲間を『不要』の一言で切り捨てるのはどうかと思うわ」


「・・・ああ」


 『切り捨てる』と言う言葉は俺の中で結構ぐさっと来た。


 まあ、彼女に悪気があるわけじゃないからいいんだけど。


「冷静に考えるとさ、レベルはどんどん開いていくし、まだしがみ付けるけど、いずれは置いていかれたと思うんですよ」


「レオダス・・・」


 王女はやるせない顔をした。


 そんな顔をしてくれるな。


 俺まで辛くなる。


「ねえ、だったらあたしの護衛やらない?」


「ええ! 王女のですか!!」


 驚きのあまり飛び上がった。


 俺のような人間が王女の護衛?


 普通の士官なんかよりよっぽど凄いじゃないか!


 いったいどれくらいの倍率なのか分からないぞ?


 しかも王女直々の御指名と来た。


 こんなことってあるのか?


 いや、しかし俺は、


「光栄ですが、謹んで辞退しますよ」


 王女は「そう・・・」と言ってしょんぼりとした。


 うわ、こんな美少女が気を落とすとそれはそれで絵になるが、罪悪感ハンパないな。


 頭をかきながら理由を話す。


「俺、冒険者になりたいんですよ」


「そうなの? ハッキリ言って、その日暮らしの安定しない職業よ? 収入も名誉も、護衛の方がずっと上だわ」


 彼女の言い分は至極真っ当なものだ。


 だが、それだけが生き方じゃない。


「アティシア王女。俺はあなたが好きですし、護りたいと言う気持ちもある」


「ふ、ふえぇ!?」


「ですが俺は・・・聞いてます?」


(好きって言われた。護りたいって言われた。あわわわわ)


 何を言っているのかよく聞き取れない。


 王女は親しみやすいし、親愛の情をもっている国民は多いと思うが。


 なんか顔が赤いぞ?

 この人俺の話聞いているか?


「あ、あの。姫様? 俺は自由に生きたいんです。ですので、俺は冒険者で生きていきます」


 がく~ん、と。


 アティシア姫が膝をつく

 目からなんか汁が。


「上げた後で落とすなんて、酷い・・・」


 え?


 なんで?


 誠意を示したつもりだけど。


 座り込んでしくしくと泣いてしまった彼女に、俺はどうしていいのか分からずにおろおろとするばかり。


 困った。

 俺はどうしたらいい?


 チロっと俺を見ると姫は舌を出した。


 あ、からかわれたのか?


 姫はすくっと立ち上がり、腕を大きく伸ばす。


「あーあ、振られちゃったか」


 はぁっと大きく息を吐き、姫は気を持ち直したらしい。


 よかった。


 本当に泣いてしまっていたら、俺はどうしたらいいのか分からなかったからな。


「じゃあ明日は冒険者ギルドに登録へ行くの?」


「そうしようと思っています」


「そっか。ふーん。そうなんだ」


 口を尖らせているが、これ以上俺を引き留めようとはしないようだ。


 よかった。


「えっと、それじゃあ城まで送ります」


「え? 別にいいわよ」


「そうもいきませんよ」


 もう夜だ。


 こんな時間まで女性が一人でいたら危ない。

 そもそも王女様が一人でいること自体が間違っている。


 ふむ、と。

 姫は考える素振りを見せると、俺の腕にしがみついた。


「おわ!?」


「それじゃあエスコートお願いね」


「は、はぁ。そんなに近づかなくても・・・」


「ええ! 送ってくれるんじゃないの?」


「お、送りますよ。しますけど」


「エスコート!」


「いや、護衛は別に腕にはしがみつかないでしょう?」


「エスコート!」


 ・・・目力が強い。


 これは下手に逆らわない方がいいな。


「姫様の仰せのままに」


「ふっふー、よろしい」


 この後俺はアティシア王女を城まで送った。


 送ったはいいが、門番に誘拐犯と間違えられて、危うくとっ捕まりそうになったのだが、まあ仕方ない。

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