第56話 叔従祖母と従姪孫の掛け合い?
幼い頃こそ、輝くような笑顔の『太陽の王子』と呼ばれていたアレクサンドルだが、エスタヴィオが立太子して数年、次の王太子になると目されるようになった十歳前後の頃から自覚が出て来たのか、表情を表に出さない落ち着いた王子になった。
以来、取り入る隙を与えないためか、王家の家族以外には親しくする様子をまったく見せなくなり、次代の王太子として国賓の前に出る機会が増えるにつれ、同年代の貴族子息令嬢の集まる茶会でも、夕刻の舞踏会でも、誰とも雑談をせず誰とも踊らずを通した。
血族傍系の公爵家の慶事にも祝いの言葉を書き記したカードを送るのみ、弔事にも大輪の白百合の花束に弔辞のカードをつける程度に、贈り物や特別な交流は持たなくなった。
そのうちついた冠言葉が『笑わない氷の太陽』
どうしても宴を開始するのに
その『笑わない氷の太陽』が、声をあげて笑っている?
侯爵家の上級使用人達は、元を質せばみな中位~上位貴族家の出自。
当然、アレクサンドルの公務中の姿も、いい評判も微妙な噂も、多少なりとも見知っている者ばかり。
その者たちが目にしたアレクサンドルの笑顔は、十年振りか或いは初めて見るものであった。
「いやいや、前にミアの話から、一度はやってみたかったんだよ。こうやって、馬車から家まで、女性の足を一度も地につけずに入れたら幸運が訪れるんだそうだよ」
「殿下。それは、女性が花嫁の場合にございます」
にこやかに、間髪を入れず訂正するエルティーネ。
今朝出掛けて行った娘が、知らぬ間に作った婿を伴って戻ったのかと錯覚いたします光景ですわね? 殿下」
「おや、私が望めば、ティアをくださるのかな? レディ・エルティーネ。大切な跡取りでしょう?」
「ほほほ。娘を望んでくださるのですか? 何を仰いますか。我が娘は、婚約者に見放された、言わば傷物。王太子殿下のお相手には相応しくないでしょう?」
「とんでもない。私には勿体ないくらいです。妹ユーフェミアも弟の愛妻アナファリテ妃も認める才女ですよ? そんな卑下するようなお言葉こそ、ティアには相応しくないでしょう。ご自慢の跡取りでしょう?」
「ありがとうございます。殿下にそう仰っていただけて、聞けば夫ロイエルドも喜びますわ」
わたくしの頭の上で、
居心地が悪いシスティアーナであった。
これは、なんだろう、何を聞かされているのだろう。
侯爵家の使用人達は、システィアーナ以上に困惑していた。
王太子殿下が我が侯爵家の姫を望み、女主人エルティーネ様が笑って断った?
先々代王弟息女たる我らが主エルティーネ様が娘をもらってくれるのかと打診して、王太子殿下が「自分には勿体ない」とやんわりと断った?
どちらの場合も、あまりよい結果とは思えない。
まさか、まさかである。
ただ、王太子殿下の機嫌も、エルティーネの機嫌も悪くはなさそうだ。
このやりとりは、こんな事があったなどと気軽に、外でも家内でも話すことは憚られるものと、皆は認識した。
(冗談でのただの掛け合いだろうと、本気だろうと、外に漏らせる内容じゃない!!)
家令、執事、侍従、家政婦長、侍女、メイド頭──出迎えに出た者たちは全員、聞かなかったことにした。
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