第5話 大事な友人と可愛い弟



 廊下を歩く者にもはっきりと聴こえるほどの声で、フレキシヴァルトがアナファリテに向かい、怒鳴るほどではないが声を荒げて話している。


(珍しい事もあるんだな?)


 扉に手をかけようとして、手が止まる。


「とにかく、余計なことはしないでくれ。ディオが頼んだ訳でもないのだろう? システィアーナだって、ディオを婿になど考えてもいなかったはずだ」

「あら、貴方あなたがエルネストに便宜を図るのはいいの?」

「エルは、俺の大事な友人だ。それとなくフォローするのはたいした問題ではないはずだ」


(俺の事?)


「あら、デュバルディオ殿下だって、貴方の可愛い弟君でしょう?」

「エルはあんなに頑張っているのに、可哀想だろう」

「そうね。貴方がそう思うのなら可哀想なんでしょうね。

 でも、可哀想にしているのは貴方じゃないかしら? 『エルが可哀想』なんて、大事な友人と言いながら上から目線じゃないかしら。本人も可哀想がられるのは望んでないと思うけれど」




「⋯⋯自分は、そんなに可哀想にみえますか?」


 扉の前で立ち聞きしてしまったエルネストに訊かれても、そう見える、ともそんな風には見えない、とも答えられないアスヴェル。


「誰よりも傍にいたはずなのに、かせだったオルギュストが婚姻対象から外れた時に一番に頼ってもらえず、新たな候補にも打診されないのは確かですが、まだ、誰かとシスティアーナの縁が結ばれた訳じゃない⋯⋯はずなのに、どこかで諦めかける自分がいるのも確かで、そこが残念だとか可哀想に見えるのでしょうね」

「いや、残念とは思ったことはないが」


 フレックの護衛騎士として、基本傍に付き従っているので、王子達と親しいシスティアーナとも話す機会もあり、それなりに知っている。

 アスヴェルも公爵家の嫡男で、家名を背負う者ゆえに、侯爵家の跡取り娘である彼女を、自分と婚姻を結べる相手として見た事はない。

 公務や夜会などで見る凛とした令嬢としての姿と、ユーフェミア達とゆっくりしている時の年相応の少女としての姿との違いに、あの細身で多少の無理も押して、色々と頑張っているのだなと感心はしている。


 彼女に近寄る男性の幾人かは確認出来ている。


 自分の従騎士スクワイアとして付き従っているエルネスト。


 外務省官僚のカルルデュワ。


 今のところ何か行動を起こす風でもないので問題なしとして、訊かれないので報告もしていないが、近衛騎士団の、上位貴族家出身の次男以下の者が数人、任務にかこつけて日々声をかけている。日常会話程度で、当のシスティアーナも下心があるとは思っていないようで、そう言う意味では相手にされていない。


 そんな中、最近よく見かけるのが、デュバルディオである。

 元々、公務の関係で、フレックに比べるとデュバルディオの方が顔を合わす機会は多いようであるが、公務を離れた場でも、システィアーナに構っている姿を見かけるようになった。


 そして、王太子アレクサンドル。

 何度か公の場でダンスのパートナーを務めたりしたようだが、誰に対しても一定距離を置き感情を乗せない怜悧な目をしたアレクサンドルの、システィアーナを見る目が穏やかなのである。

 それを誰にも言えないし、本人に指摘することも出来ないが。一応、気づいてはいる。


 フレックの護衛騎士として彼らを見てきたし、個人的な意見は述べられないが、共にフレックの護衛騎士を務め己の従騎士スクワイアとして仕えるエルネストに、応援や何らかの支援をすること事態は、まあやぶさかでもない。

 自分の援護射撃程度でどうにかなる事案とも思えないが。


 だから、アスヴェルは、同じ職務に就く仲間であり面倒を見る上司として、同じ家格公爵家の者として、上手くいくといいなと心で応援はするが、口を出さずただ見守るだけにしている。




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