第3話 大本命

 王宮の奥殿、王族のプライベート空間の更に奥に、小さな宮殿とも言える別棟が建っている。


 王城内でも最も奥にあり、建物のすぐ裏手は風致林と、その先は山に繋がる森で、夏は王子達が避暑に集まるが、本来は王太子後宮として使われる場所だ。

 エスタヴィオが即位後、三人の后と王子王女たちが本宮ほんぐうに転居して以降、住む権利を持つアレクサンドルが独り身なので、単に別荘扱いである。


 毎日の生活が公務の一環で常に人目に晒されている王家だが、精力的に公務を続けるために英気を養うと称して、年に数回は連休をとり、家族で過ごす。


 今日は、エスタヴィオ夫妻は本宮ほんぐうで通常通りだが、王子達の上から5人、アレクサンドル、フレキシヴァルト、デュバルディオ、ユーフェミア、アルメルティアが集まって余暇を過ごす予定であった。



 その王太子宮の一室で、滅多に聴くことのないフレキシヴァルトの大声が上がる。


「どういう事だ!?」


「あら。何が、かしら?」


 メイドに爪を整えさせながら、珍しく声を荒げる夫を振り返らずに答えるアナファリテ。

 隣では、ユーフェミアも爪を磨かせている。


「ディオの姿が見えないと思ったら、システィアーナと街遊びに出てるだと?」


 リクライニングチェアで読書していたアレクサンドルが、フレックの方へ視線を流したが一瞬の事で、ユーフェミア以外誰もその動きに気づかないまま、何事もなかったかのようにすぐに読書に戻る。


「ええ。そうよ。シスったら、ミアとの視察に訪れる以外、街で買い物もした事ないし、男の人とお出かけもした事がないって言うのよ?」

「そりゃ、オルギュストはシスに全く構わなかったから⋯⋯」

「女性同士でも、よ?」

「ミアの勉強や公務に付き添うから、自由行動の時間がとれなかったんだろう?」


「そうね⋯⋯ だから、連れてってあげてちょうだいとお願いしたのよ」


 ふーっと整えられた爪に息を吹きかけ、出来栄えを確認するアナファリテ。


「どう言うつもりなんだ? 無責任に焚きつけないでくれ」

「あら、どうして? シスは今、フリーよ? むしろ婚約者募集中でしょう?」

「だから、なぜディオを焚きつけるような言動をするのかと訊いて⋯⋯」

「だって、デュバルディオ殿下は、今、シスの傍にいる男性の中で、最も条件のよいお相手でしょう?」

「な⋯⋯に?」


 フレックは、己の妻の考えが解らなかった。こんな事は、初めてである。


「カルルデュワでも悪くはないけど、シス本人が引き気味でお嫌のようだったし、王太子殿下は婿入りは出来ないでしょう?」

「それはそうだが⋯⋯」


「貴方の大好きなエルネストでもいいのだけれど。幼い頃から身近すぎて、目に入ってないというか、見上げることを思いつかないというか。貴方だって、後押ししてるようで、場を与えるだけ。同じでしょう?

 だったら、王家とも、隣国の王族とも縁を持てて、公務内容が近くて慣れ親しんで、語学も堪能、国際情勢にも明るく領地管理にも役立つ上に、ご祖父さまのドゥウェルヴィア公爵殿下とも親しいデュバルディオ殿下は、大本命だと思わない?」




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