第22話 伝統芸術クンストレース

「あの、薄紅の姫君さま、ですよね?」


 にこやかに従騎士スクワイアの生活を話すエルネストと、寡黙にただ聴いているだけのファヴィアンと共に、アフタヌーンティースタンドの下から順に楽しんでいると、不意にシスティアーナに声を掛けてくる令嬢がいた。


「そう呼ばれることもあるようですが、公爵家でデューク(王族) はなく侯爵家でマークィス(臣下)すので、普通に接してくださいね」


 少し緊張しているのか内向的な性格なのか、自信なさげにおどおどした風に見える。が、公爵家の令嬢でシスティアーナよりも年上だ。


「はい、ありがとうございます。あの、システィアーナ嬢は、マリアンナ王女の世話役をされていると伺いました」

「ええ。殿下に何かご用が?」

「はい。あの、栗菓子とボビンレースをお求めとお聞きしまして。実は先日我が家にも打診が来たのです。

 栗は旬を過ぎているので難しいのですが、レースなら自領のお抱え工房の代表作を幾つかお持ちすることが出来ますので、王女のご都合で訪問をさせていただきたく、その日程の調整の取り次ぎをお願いしたいのです」


 なぜ園遊会中なのかは訊かず、気を悪くすることもなく素直に請け負うシスティアーナ。


「一緒に行こうか?」


 マリアンナに会うと言うので心配になったのだろう、エルネストが立ち上がる。


「ユーンフェルト殿下や、カルルデュワ様とローゼンシュタットの大使様が同席されているのですもの、滅多なことはないでしょう。大丈夫ですわ」


 エステルヴォム公爵令嬢を伴い、隣のテーブルへ向かう。



「マリアンナ王女殿下」

「あら。何かしら?」


 綺麗なカーテシーを見せてから、エルテルヴォム公爵令嬢フレイラを紹介する。


「確か、先日薔薇園で一度お目にかかったかしら?」

「はい。あの時は、マリアンナ王女様もお連れ様がいらっしゃいましたし、こちらも用向きがございましたので、挨拶のみで失礼しましたけど」


 フレイラは、自身の全身をゆっくり回るように見せる。


「これらは、自領の工房で生産されているボビンレースをふんだんに使い、私の手編みレースで飾り立てたドレスになります」

「そう。綺麗ね? 手編みでこんな細かい物がドレスになるほどたくさん造れるの?」


 マリアンナが感心してフレイラのドレスを見ていると、

「素晴らしいクンスト編みですね。我が国の伝統芸術でもあるのですが、これは遜色ない素晴らしい物だ。失礼ですが、お嬢さんがこれを?」

ローゼンシュタットの大使が立ち上がって絶讃する。


 一瞬だけマリアンナがムッとした表情かおを見せたが、すぐに体裁を取り繕うように、素晴らしいと褒めちぎる。


「王女様の使者から、レースを探されていると当家の工房担当にも打診が来たので、ご都合のよい日に、見本を幾つかお持ちしたいと思います」


 商談が始まると思ったテーブル付きの女官が、マリアンナと大使の茶を新しいカップと差し替え、フレイラとシスティアーナの分も用意し始める。 


 椅子を勧められ、システィアーナは話が通ったのなら辞しようと断りを入れ、一歩下がる。


「⋯⋯あ」


 システィアーナに茶を差し出そうとした女官と、椅子を引こうとした近衛騎士と、システィアーナを引き留めようとしたマリアンナ付きの侍女が同時に動き、事故が起こった。




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