第9話 夜景と晩餐


 小高い丘に建つ王家所有の山荘は、海に面した窓の全面に天井までの大きな一枚硝子ガラスが張られ、麓の町も夕陽が沈む海も、素晴らしい景観を楽しむことが出来た。


 晩餐は、テラスへの出入り口も含め海側の壁総てがガラス張りの大食堂で、夕陽から宵闇に変わる空を眺めながらの食事となった。


 山荘を管理するハウスキーパーと王都から派遣されて来たメイドや侍女が、指の跡ひとつも残さず曇りなく磨いた窓からの眺めはとてもよく、王城から見る王都とは違った美しさがあった。


 どちらも、そこで暮らす民の命の灯りが美しく、王家ではないシスティアーナでさえ、この国を守ってゆかねばと思わせる輝きであった。


「昔とちっとも変わってない。少々民家の灯りの数と範囲が広がったくらいかしら」


 テラスに置かれたベンチで祖父の膝に座って夜景を眺めた、小さい頃の思い出は、今もその胸にある。


 今は政務からは引退して、自領で個人貿易をしているが、現役時代、祖父に連れられて来た町。


「シスの一番お気に入りはどこかしら?」


「そうですわね、隣町の造船所へ向かう海岸の岬や入り江がとても綺麗ですの。夏でも冬でも、宝石のように煌めく海はいつまでも飽きずに見ていられますわ」


「明日、進水式の後、帰りは街道を通らずに海岸線をぐるりとまわって、ティアのお気に入りという入り江を見て帰ろうか」


「わたくしの我が儘で遠回りをしていただく訳には」


「違うよ。わたしが、ティアのお気に入りという美しい入り江を見てみたいんだよ」


「ミアだって、どこがいいのかと訊いただろう? 同じだよ。僕達も、その飽きずに眺められる綺麗な入り江を見てみたいのさ」


「私も、システィアーナ嬢のお気に入りという入り江を是非、見てみたいね」



 マリアンナは面白くなかった。


 自国ではあまり口に出来ない海産物を多く使った美味しい晩餐。

 海や町の灯りが宝石のように美しい夜景を見ながら食しているし、食前酒もデザートも最高品質だ。


 向かい側には、一幅の絵のように美しい兄妹アレクサンドルとユーフェミア。両隣に従弟いとこで上のふたりとは多少違った高貴な顔立ちのデュバルディオと、王家外戚の伯爵令息カルルデュワ。


 どう考えても、食事が不味くなる要素はないと思える。


 が、彼らは賓客であるはずの同盟国の王女マリアンナを放置して、身内だけで会話している。

 時折話題を振ってくれるカルルの気遣いが、却ってより惨めな気分にさせた。


 アレクサンドルの左隣に座っている薄ピンクの娘。


 あの娘が居るから、面白くないのだ。


 マリアンナは、この町一番の茶屋で買い求めたという花の香りの紅茶をすすりながら、色々と考えた──




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