第10話 苛立つ弟と見守る兄



 サラディナヴィオ公爵家に戻ったシスティアーナのまた従兄いとこ──エルネストは、馭者やこれから馬の手入れ世話をする馬丁にねぎらうと、真っ直ぐ奥の当主執務室に向かう。


 現当主である公爵は、領地経済の発展と国益のため隣国に出向中で、領地運用の実務は、兄が代行している。この時間ならまだ執務室に居るはずだ。



「兄上、失礼するよ」


 数回のノックももどかしく、返事を待たずに入室する。


「エルネスト? 母上のお伴でグリニッズィア侯爵邸に行っていたのではなかったのか? 戻りにしても早いよ」

「愚か者のせいで、とても楽しめる気分じゃなくてね」

「何があった? お前がそんなにイライラするなんて⋯⋯」



 ドカッと乱暴にソファに身を沈め、深いため息を吐いたり膝の上で手を組み、両のおやゆびを磨り合わせたり、とても冷静とは言えない。


 気を利かせた執事が、安息効果のあるハーブティーを淹れる。


 それを受け取ると、行儀悪く一気にあおって飲み干し、小さな音を立ててソーサーにカップを戻す。エルネストらしくない姿に、執事も兄も、何も言わず自ら話すのを待つ。


 改めて大きな息を吐くと、眉と肩にこもった力を弛め執務机で、苛立つ弟を見守る次期当主に目を向けた。



愚か者オルギュストが、平民の小娘を連れて夜会に参加し、大勢の宴客の前で大声で、シスと婚約破棄する、その上隣に立つシャンパンゴールドの人形と婚姻すると宣言したんだ!!」


 落ち着いて話そうとするも、事実を述べるだけなのに、次第に怒りが込み上げ、声を荒らげていく。



 眉を顰めて見守る兄は、表情こそ困っていたが、内心微笑んでいた。


(昔から、シスの事になると、冷静じゃなくなるからなぁ)


 顔にこそ出さないものの、執事も同様である。



 王子王女の話し相手兼学友として王宮に集められ選ばれた時から、エルネストはシスティアーナを大切にしていて、その様子は、見るものが見ればまた従兄いとこの域を超えているかのようにも見える。


 おそらく、オルギュストと婚姻せよとの王命が下らねば、システィアーナが社交デビュー目前の腰結いを迎えた頃に求婚していたのではないかと思われるほどだ。



 そして、それは正しい想像にも思われた。




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