第9話 事実無根と事実の狭間


 ハルヴァルヴィア侯爵家町屋敷に馬車が到着する。


 門番に、令嬢を送ってきた旨を伝えると、柵が開かれ、邸の正面玄関の馬車寄せに停まった。



 先に降りた又従兄の手を取り、ゆっくりと降りたシスティアーナを見て、迎えに出た家令や家政婦長、メイド頭が驚きの顔を見せる。


 それもそのはず、日が暮れる頃両親と共に家を出たのに、まだまだ宴もたけなわ、宵の内に帰るなど、何か不都合でもあったに違いない。


 不都合も不都合、次期当主である惣領娘が婚約者にエスコートされず、大勢の前で、婚約破棄を宣言されたのだ。

 居心地は最悪。二人(+1)の仲を想像してあれこれ噂されるのだ。


 そして、その噂はすべてが勝手な想像という訳ではなく、幾らかは事実が混じっている。



 いわく、ここ数年、エスコートされている姿を見ない。事実である。

 いわく、あそこまでハッキリと拒めるには、実はシスティアーナや侯爵家に、何か欠陥があるのではないか。事実無根である。

 いわく、王命を無視してのあの態度は、頭がおかしいのか。推して知るべし。

 いわく、あそこまで自信を持って破棄するからには何か策があるのか、システィアーナにも責があるか、はたまた男がいるのでは? 失礼である。そう言うならその相手とやらを連れてこいというものだ。

 いわく、公爵家の次男が見限るような、侯爵家に翳りがあるのか? 事実無根であるが、その噂が広まれば、真に受けた人達が遠因となって現実になりかねない。迷惑な話である。


 いずれにせよ、システィアーナも婚姻出来る年齢に達し、そろそろ準備をという段階での婚約破棄は、上位貴族令嬢としては傷物扱いに等しい不名誉である。



 さっきの今で、使用人達に話は伝わってはいないだろうが、一人だけ先に帰ってきたのである。近い事を想像はできるだろう。



「お兄さま、送ってくださりありがとうございました。冷えますから、中でお茶でも? 夜会でゆっくりできなかったでしょう?」


「いや。従叔父上おじうえ達がいらっしゃらないのに、まだヽヽ婚約者のいる令嬢の家に上がるのは遠慮しておくよ。譬えまた従兄いとこであってもね」


「そんな、お兄さまが間男のような扱いを受けるだなんて」


「人の噂にはおヒレがつくものだよ。小さな事でもやがて水を得て、広い世界に泳ぎ出してしまうかもしれない。だからね、今夜はこれで帰るよ。また、従叔父おじ上がいらっしゃる時に寄せてもらうから。おやすみ、シス、ティアーナ」


 使用人達にも噂話の好きな者はいるかもしれない。愛称で「シス」と親しげに呼ぶのは避けた。


 家令や、家政婦長などの上位の者は弁えていても、下の者全てにまで礼節や倫理規範遵守が行き届いているとは限らない。




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