第6話

 ハロルドが固まって動かなってしまい慌てふためく私に、ミリアさんはこうなってしまった理由を話してくれた。


「実はハロルド……女の子が大の苦手なの。私やお母様、城の侍女連中は平気なんだけどね。だから、婚約も中々決まらなくて大変だったのよ」

「じゃ、じゃあ、私が女だと分かってショックを受けてしまったのでしょうか……」


 嫌われたらどうしようと、急に不安が込み上げてきた。

 そんな私に、ミリアさんは大丈夫だと豪語する。


「これはショックというより、自分がしてしまった事に衝撃を受けてしまったのよ。だって、リアーナちゃんが女の子とは知らずに色々やらかしてたんでしょ?」


 ミリアさんには、ここまでの事情を軽く話していた。


 婚約者に捨てられ、彷徨った挙げ句盗賊に襲われている所をハロルドに助けてもらった事や、その後に抱きしめてもらった事を……。


「勘違いしていたとは言え、まさか女の子を抱きしめてしまったなんて、うぶなハロルドには衝撃的だし、リアーナちゃんになんて言えば良いか分からず固まってんのよ」


 成る程ね……こんなに素敵な殿方ならさぞモテるだろうに、女の子が苦手とは。


「ハロルド様~、聞こえてますか~」


 未だに固まるハロルドの耳元で呟いていると、「はっ」という声と共に、ハロルドは動き出した。


「リアーナ!? こういう悪ふざけは良くないぞ! さあ、今すぐちゃんとした服に着替えてくるんだ!」


 ありゃ? さっきの出来事は無かった事になってる?


「わ、分かりました……」


 もう諦めるしかない。ハロルドの脳内では、私が女だと言う事実は、認められない事なのかもしれない。


 それに、女の子が苦手なハロルドが私を女だと認識したら、相手にしなくなるだろう。まだ出会ったばかりとはいえ、心惹かれる人に嫌われるのは絶対嫌だった。


 そう思ったら、ハロルドの言う通りにするしかないんだと、諦めがついた。


 ミリアさんはハロルドにまだ何か言おうとしてたけど、私はそれを止めて男物の服を見繕って欲しいとお願いした。


「本当にそれで良いの?」


 気遣ってくれるミリアさん。

 こんな優しい姉が欲しかったな……。


「大丈夫です! 嫌われたくないので……」

「なんて健気な子なのかしらっっ」


 ミリアさんが私の頭を撫でてよしよしと慰めてくれる。

 暖かくて優しい手は、ハロルドと似ていた。


 その後、私は子供の頃にハロルドが着ていたというズボンとシャツとベスト着て、もう一度食事の間へ戻ってきた。


「おお、俺が着ていたやつだな! 良く似合ってるぞリアーナ! さあ、腹が減ってるだろ。飯にしよう」


 戻った私に対して、何事もなかったかのように振る舞い手厚くもてなしてくれるハロルド。


 本当にさっきの出来事を忘れてしまったのか分からないけど、一緒に居られるならなんでも良いや。


「そう言えばリアーナ。お前はガリアス共和国から来たらしいな」


 食事中にハロルドからそう聞かれ、一瞬ギクリとした。

 魔国の正式名称はグレイテスト王国と言い、最近勢力を伸ばしている隣国だった。


 周囲の国々とは違い、グレイテスト人は肌が浅黒い。それに、グレイテストの人々は、魔法の適正が他の国と比べて高いという違いがある。


 周囲の国々が千人に一人しか魔法に適正が無いとしたら、グレイテストでは十人に一人の割合で魔法適正が備わっている。


 肌の違い。才能の違い。妬みや差別感情。勢力図の変化。それらが、複雑に絡み合った結果――グレイテストは魔の国などと言われているのかもしれない。


 かくいう私も、ここに来なかったら、未だにグレイテストを他の国の人と同じく魔国と呼び続けていたのだろう。まったく人間とは、誠に浅はかな生き物だ。


「やはり、敵国の人間がいたら不味いですよね……」


 ドキドキしながらハロルドの答えを待つ。

 怖くて顔を見られない。


 敵国の人間はさっさと帰れと言われても仕方がない事だと分かっているけど、出来る事なら帰りたくはない。


「顔を上げろリアーナ」


 そう言われ、恐る恐るハロルドを伺う。


「お前は俺達が嫌いか?」

「そ、そんな事ないです!」


 真剣な表情で問うハロルドに、私は即答で答えた。


「なら良いじゃないか。ガリアスとうちとの関係はあくまでも国同士のゴタゴタだ。俺とリアーナという個人では、関係ないだろ。まあ、政治を行うやつらにとっては思わしくないのかもしれんがな」


 ハロルドは堂々と言い切り、私に笑顔を見せつけくれた。相変わらず屈託のない笑顔でドキドキさせられる。


「グレイテストに来た事情は問わない。生きてれば色々あるからな! でだ、もしリアーナが帰りたくないなら、好きなだけここに居ると良い」


 そんなありがたい申し出に、私は身を乗り出していた。


「そうします! お手伝いでも侍女でもなんでもしますので宜しくお願い致しますっっ」

「ははっ、侍女は女の仕事だ。リアーナはそうだな……俺専属の遊び相手にでもなってくれ!」


 なにそれ……凄く美味しい仕事じゃないっっ!?

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