第3話

 森のざわめきがピタリと止んだ。彼は馬から身軽に降りると、私にゆっくり近づいてきた。


「な、なんだてめえ!」

「それ以上近づいたら殺すぞ!」


 二人の盗賊が恫喝していたけど、彼はどこ吹く風で顔色一つ変えずに歩みを止めなかった。


「この野郎っ!」

「忠告はしたからな!」


 一人の盗賊が彼に向かって行くと、私を羽交い締めにしていた盗賊も私の拘束を解いて続いて行く。


 二人の盗賊は、少し長めのナイフを構えて彼に斬りかかっていた。


 怖くなった私は、思わず目を瞑る。でも、数秒後に目を開けてみると、事は既に終わっていた。


 襲われる彼――倒れている盗賊――カチャリと剣をしまう彼。その間、三秒も経っていなかっと思うのだけど……。


 一体なにが起こったの?

 目を瞑ってしまった事を少し後悔した。


 死と向き合っていた彼は、事も無げに私の元に来ると、優しげな微笑みを向けて頭を撫でてくれた。


「大丈夫か? 坊主」


 私の心臓は凄くドキドキしていた。

 声も出せず、コクりと頷いて答えるしか出来ない。


「そうか……怖かったな」


 彼にそう言われ急に感情が戻ってきたのか、私は知らず知らずの内に涙を流していた。


「たくっ、しょうがねえな」


 彼は涙を流す私を見て、自分の元に抱き寄せた。


 ちょっとガサツだけど、凄く優しさと暖かさが伝わってくる。彼の右手は相変わらず私の頭を撫で、左手は私の腰に添えられていた。


 心臓は高鳴り過ぎて爆発しそう。

 これはこれで死んでしまうのでもう止めて頂いても?


 とは言えなかった。というか、このまま死んでも満足かもと、助けて貰ったばかりで不謹慎な事を考えていたのだ。


「もう落ち着いたか?」


 そう聞かれ、彼の胸に擦り付けるように首を横にブンブン振っていた。


「あー、ほら、もう大丈夫だから泣き止め」


 ごめんなさい。

 涙はもう止まっています。


「もう大丈夫です……ありがとうございましたっ」


 流石に申し訳ないので彼の胸からゆっくり離れ、お礼と共に頭をペコペコと下げる。


「ああ、それにしてもなんでこんな所にいた? ここは盗賊だって出るし、低級だが魔獣だって出るんだぞ」


 軽く叱られてしまった。

 でも、何故か嬉しいと感じているのは何故?


「ご、ごめんなさいっ」


 思わずポロポロと涙がこぼれてしまう。

 ごめんなさい……私今、メンタルボロボロなんです。


「あ、いやっ、別に怒ってる訳じゃないぞ!?」


 自分が泣かせたと思ったのか、彼は慌てふためいていた。それがちょっと可笑しくて、思わず吹き出してしまう。


「なっ、今度は笑ってんのか!? なんなんだよ一体……」


 困惑気味に頭を掻いて私を横目で伺う彼。

 なんだか、急に彼の事が知りたくなってきた。


「あの……お名前は……?」

「俺か? ああ……ハロルドだ。坊主、人に名前を聞く時は自分から名乗るのが常識だぞ?」


 ハロルド様か。恩人の名前を知れて凄く嬉しい。

 嬉しいけど……私、坊主じゃないんですけどっ。


「申し訳ありませんでした……"私"はリアーナと申します」


 これで気付いてくれるでしょ?


「リアーナか。男のクセに女みたいな名前だな!」


 え、ちょっと待って。

 もしかして気付いてないの?


 わざわざ"私"を強調して名乗ったし、名前だってどう考えても女。それに、私を抱き寄せた時の感触とかで気付かない? 腰まで触ったのにっっ!


「よし、じゃあ行くぞリアーナ!」


 快活な笑みを浮かべ私の手を取るハロルド。

 どこに行くのかなんて説明は一切無し。


 大きな黒馬へ軽快に乗ったハロルドは、私を馬に跨がらせると、「行けっ!」と、躊躇なく馬を走り出させてしまった……。


 成る程、この人きっと……"天然"だ。

 いや、絶対そうだ――

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