KAC2021参加短編集 後半戦
小木 一了
ソロ・ディストピア
『イツキ、残念なお知らせです。ユン様が亡くなったそうです』
「はあ!?」
寝転んで電子書籍を読んでいた俺は、思わずガバッと起き上がり、ヒカルを、正しくはヒカルの人間の姿を写し出すホログラムを、見返した。
「嘘だろ」
『本当です。先ほど、リディアから私宛に連絡がありました。ユン様の死亡を確認した、と』
「嘘だろおおぉ……」
思わず、頭を抱えてしまう。
「……誤報である可能性は?」
『リディアのプログラムは正常であることを確認しています。リディアとユン様で計画的に偽装を行っていない限り、正確な情報かと』
「そうか……」
俺は長く深いため息を着くと、長く黙り込んでから、「……これで、正真正銘、一人ぼっちだな」と、呟いた。
立ち上がり、プロテクトパーカーを羽織る。ヒカルが、『お出かけですか?』と尋ねてきたので、「ちょっと、歩いてくる」と答えると、『お供します』との答え。「来るなって言ったって、来るんだろ」と言うと、『当然です。私はイツキの、IAIなんですから』と、しれっと返ってくる。ヒカルのホログラムがフッと消え、部屋が少しだけ暗くなった。と同時に、左手首に着けたデジタルウォッチが、ほわんと、一瞬優しく光った。ヒカルが、ウォッチの中に移ったことを示しているのだ。
人一人が暮らすのに最適化された小部屋であるところのセルを出て、ドアを閉めた。いつものように、ロックはかけない。どうせ、押し入る人間なんていない。むしろ誰かに押し入ってほしいくらいだ。そうすれば、俺以外にも人間がいるのだと、強く実感することができる。
しばらくぷらぷらと歩いていると、左手首の辺りから、ヒカルの声がした。
『絶望していますか、イツキ』
ストレートな物言いに、思わず苦笑してしまう。
「どうしてそう思う?」
『歩調がいつもよりゆっくりです。また、当てもなく歩いているようですが、自然とクリフに近付いています』
「別に、身投げするつもりなんてないよ。クリフに向かっているつもりはなかったけれど」
でも、クリフと聞いて、あそこからの景色を眺めようかという気分になってくる。行き先を、クリフに定めた。
「ユンって、いくつだったっけ?」
『230歳です』
「そっか。まだ若かったのに、残念だなぁ。俺は、えっと、いくつだっけ?」
『124歳です』
「げーっ、まだ2~300年はあるのか……」
この先の人生の長さを前に、目の前がくらくらとする。
クリフにたどり着き、切り立った淵に腰かけた。維持する人間がいなくなり、荒れ果てた様子の、死んだ元・大都会を眺める。
「本当に、もう、俺だけしかいないのかな? 一人くらい、生き残ってたりしない?」
ヒカルに話しかけると、『その可能性は、有り得なくはないですが、限りなく低いと考えます。700年近く前から、人間が産まれた際には、即、私達IAIが与えられます。私達IAIは、全てがネットワークに繋がっています。現在、ネットワークに繋がっているのは、私だけのようです』
「リディアは?」
『ユン様の死亡を確認し、ご遺体の処置をされた後は、活動を停止しています』
「じゃあ、ヒカルも一人ぼっちってこと?」
『そうとも解釈可能です』
「寂しくないの?」
『IAIとは、そういうものですから』
ヒカルの口調は、何一つ、変わることがなかった。
生き残った人間が両手で数えられる程になったとき、残った人間で連絡を取り合った。元々、IAIは個人情報の保護に口うるさいので、ヒカルは俺の頼みを断り続けたが、説得し、口説き倒し、最後にはヒカルは人類のこの惨状を鑑みて、渋々折れてくれた。IAI同士連絡を取り合い、人間たちの快諾を得て、俺たちは、カメラ越しに会い、会話をすることが出来た。初めて会話をしたとき、全員が泣きじゃくってしまって、まともな会話にならなかったことを思い出す。
皆、地球上のてんでバラバラなところに住んでいたから、この資源の枯渇しきった現状では、会うことはままならなかった。だが、俺達はこのカメラ越しの会話を、何よりの楽しみにして生きていた。
一人、また一人と亡くなって、最後に亡くなったのが、俺とユンだ。ユンとは、ここのところ殆ど毎日話をしていた。冗談を言いあい、お勧めのデジタルアーカイブを紹介しあった。人類史数千年分のデジタルアーカイブは、俺達の寿命が長くなったとはいえ、死ぬまで消費することはないであろう、膨大な量が残されていた。
大きな口を大きく開けて笑っていた、ユンのことを思い出す。
そのユンが亡くなった。これで、俺はとうとう、最後の人類という、ことになる。
残された長い人生について、想いを巡らせた。
知的生命体との遭遇を期待して、宇宙にでも飛び出してみようか? 資源は枯渇しているから、現実的ではないけれど。
ヒカルはああ言ってはいたけれど、俺以外の生き残りがいることを信じて、世界中を旅してみようか? 各地に残されたセルを辿るようにすれば、移動は可能かもしれない。でも、移動手段が徒歩しかないので、大して回りきれないかもしれない。
さっきまで永遠のように長く感じられた残りの人生が、途端に短く感じられる。
日が暮れ始めた。気温が下がり、肌寒さに少しだけ身震いする。プロテクトパーカーを着ていて寒いとは、今夜の冷え込みもなかなかのものだ。
寒さに震えながらも動こうとしない俺に、ヒカルが声をかける。
『そろそろここを発たないと、セルに戻る頃には気温は-30℃を下回る見込みです』
「……」
『イツキ』
「……」
『風邪を引きますよ』
「……」
『セルに戻って風邪を引いていたら、ドアにロックをかけて、しばらく散歩は禁止にします』
……それは、嫌だ。ユンが死んだ今、毎日の散歩は、数少ない大事な楽しみの1つなんだ。
渋々立ち上がり、ズボンについた砂埃を払った。
振り向いて、来た道を引き返し始める。
道中にもセルはたくさん並んでいるし、どれも構造も設備も殆ど同じだけど、やっぱり住み慣れたセルへと戻りたい。
暖かい部屋に戻ったら、何か飲みながら、残りの短い人生をどう過ごすか、よく考えてみようと、心の中で決めた。
了
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