魔法使いじゃない。
みらいつりびと
第1話 冬月筆子との出会い
僕は地味な魔法使いだ。
使えるのは絵画魔法。上手に絵を描くことができる。それだけ。
読心魔法や瞬間移動魔法、時間停止魔法といった超常的な魔法を使える人たちがいる。僕は彼らがうらやましい。トップエリートとなることを約束された魔法使いたち。
しかし魔法は生まれつき備わっているもので、後天的な努力でどうこうできるものじゃない。僕は絵画魔法を活かして生きていくしかない。
誰しもひとつだけ魔法を持って生まれてくる。およそ百年前、人類はホモ・サピエンスからホモ・マギーアに進化した。なぜかはわからない。とにかく魔法人類の時代がやってきた。
自分の持つ魔法をうまく使って生きていくのがよしとされる時代。
僕の名は春日井虹。
僕の悩みは、絵画魔法の使い手でありながら、絵を描くのが嫌いなことだった。
◇小三、秋◇
小学三年生のとき、僕は不思議な少女に出会った。
彼女は転校生だった。
夏休みが終わり、久しぶりにクラスメイトが教室に揃った九月初め。僕は近所に住んでいる幼なじみの中州りりかと「宿題終わった?」「うん」「算数のドリル写させて」「やだ」「虹のケチー」などとたわいもなく話していた。
チャイムが鳴り、担任の前田みのり先生が見慣れない少女を連れて入ってきた。
髪の長い少女だった。腰までの長い黒髪と言うと綺麗な印象を受けるが、彼女の場合はボサボサで伸ばしっ放しにしているような長髪だった。あちこちで毛が跳ねていた。前髪も長く、目が隠れている。髪の毛のお化けだ、というのが僕の彼女に対する第一印象だった。
まんがっ子、とプリントされたおかしな白いTシャツを着て、黒くて長いスカートを穿いていた。シャツから出ている腕は夏の終わりにしては奇妙なほど白く、まったく日焼けしていなかった。
背は低く、痩せた子だった。
みのり先生が黒板に白いチョークでカッ、カッ、と達者な字を書いた。
冬月筆子、と。
転校生の名前だ。
「ふ、冬月筆子です……」と少しどもりながら彼女は自己紹介をした。それだけで、ぺこんとお辞儀して終わりだった。よろしく、すら言わなかった。
変わった女の子だな、と僕は思った。名前も変わっている。筆子だなんて。絵を描くか、書道でもしそうな名前。
「どんな魔法が使えるんですかー?」とりりかが質問した。
僕の幼なじみは活発な子で、ものおじせず、いつもはきはきとしている。髪型はショートカット。背が高くて、目立つ少女だ。瞬間移動魔法の使い手。クラスで一番強力な魔法使いと言ってまちがいない。
その質問に、冬月筆子は答えなかった。黙ってもじもじしていた。
「あー、みんな、冬月さんは珍しい体質なの。魔法が使えないのよ」先生がかわりに答えた。
魔法が使えない!
僕はびっくりした。そんな人を見るのは初めてだった。
筆子はうつむいていた。長すぎる髪が顔を隠して、表情はまったくうかがえない。でもたぶん悲しそうな顔をしているんじゃないか、と僕は想像した。僕は自分の魔法にコンプレックスを抱いている。たいした魔法じゃないって。でも魔法を持っていないなんて、それ以上に悲惨だ。
教室中がざわめいていた。クラスメイト全員が驚いている。先祖返りだ、とひそひそ話す声が聞こえた。
数百万人にひとり、そういう人がいるという話を聞いたことがある。魔法を使えないホモ・サピエンスへの先祖返り。
冬月筆子は、先祖返り。ホモ・マギーアではないのだ。
魔法使いじゃない。
「冬月さんの席は……廊下側の一番後ろ、春日井くんの隣にしよう」
彼女は僕の隣の席に来てしまった。こんな変わった子とどうつきあえばいいんだろう、と不安になった。
筆子も不安だったのかもしれない。緊張した足取りで教室を歩き、僕の方をちらっと見て、おずおずと席についた。
そのとき彼女の前髪が揺れ、隠れていた目が少し見えた。くっきりした綺麗な目だった。瞳孔は黒く、虹彩は青みがかっている。
なんだ、かわいい顔をしてるじゃないか、と僕は思った。絵画魔法を使い、ノートにさらっと彼女の顔を描いた。
うん、きれいな子だ。前髪なんて切ればいいのに、と思った。
それが僕と筆子との出会いだった。
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