報告
「――というような噂が出回っております」
ウベルトの報告を聞き終わり、アルバートはふむ、と頷いた。
ギドの村の事件からもかなりの時間が過ぎ、ようやくコルネリアに対する面映ゆさも薄れてきた頃合いである。
あれはアルバートにとって痛恨事だった。
己の思わぬ弱さを自覚したこともそうだが、その弱さを克服できたわけでもなく、すべてコルネリアに肩代わりしてもらっているだけなのだ。
これほど情けない男もそういないだろうと、鏡を見るたびに失笑するのである。
とはいえ、コルネリアとの約束はいまのアルバートにとって絶対と言えた。己の夢を――コルネリアの夢を叶えるために世界を平和にする、そのために芽生えた羞恥など鼻で笑い飛ばし、絶対者としての顔を張り付けるしかない。
その甲斐あってか、モーロックやイグナーツもそれまでの醜態が嘘のような威厳ある姿に幻覚でも見たかと自問したほどだ。
それ以来あの時の話は一切がタブーとなり、コルネリア、イグナーツ、モーロックともに以前と変わらぬ忠誠の態度を示し続けている。
「ウベルト、ご苦労だったな。手が足りぬ中、情報収集は大変だろう」
「いえ、
今日のウベルトは元黒十字騎士団の男の体ではなく、どこにでもいそうな優男の体を使っていた。
便利だと愛用している風だっただけに、それがいささか気になってしまえば問うしかあるまい。
「今日はあの男の体ではないのだな?」
「必要がなければ、あえて腐臭を放つあれを
暗部に潜む情報の守りの要として、あの男のスキルは非常に有用であるらしい。確かに、幻影の類は考えるだけでいくつも応用を思いつく。
とはいえ、臭いというデメリットがある以上、消費期限があるのもまた頷ける話だった。
ウベルトがあえて代わりの必要性を口にするのだから、それが世間話などとは考えられない。すでに目星はついていて、その使用の許可を求めていると考えるのが妥当だ。
だが、特に許可が必要な相手となると限られてくる。
幾人かの顔を脳裏に思い浮かべ、アルバートはふんと鼻を鳴らす。
「吾輩の民、そして協力者以外であれば必要を成して構わん。裏の守りはお前に一任しているのだから、好きにするがよい」
「つまり、ご許可は頂けぬと?」
「お前が望む者が吾輩の思う通りであればな」
挑発するような言葉に、ウベルトはあっさりと引いた。
ウベルトが欲しているのはオルフェンだ。
両足が麻痺する神経系の損傷時、体内の魔力操作のための重要な器官も傷ついていたオルフェンだが、
しかし、オルフェンはその実力よりも何よりも、その人望と才覚、信念によってアルバートに愛された男だ。ある意味においては、イグナーツやリーゼロッテよりもオルフェンを取るだろう。
それを理解していてなお欲しいと言うのだから、ウベルトの度胸は凄まじいものがあった。
「……己の命を天秤にかけて遊ぶのはほどほどにすることだな」
「お気づきで?」
「お前は吾輩の狂気を望んでいるのだろう。怒りを我が身で受けて悦に浸る……いい趣味ではないな」
ウベルトはにたり、と笑い黙って頭を下げた。
報告はそれで終わりかと思って下がるように伝えたが、手元の報告書の一点に目が止まり、退去を制した。
「シルフィナが禁足地に?」
南大陸の中央より南、門番を自称するイスタロット王国のさらに南に存在する結界によって閉じられた場所である。
その内側は高熱と高濃度の魔力による呪詛が渦巻き、生中な生命体は生存することすらできない。
「私が直接目にしたわけではありませんが、目撃者の証言から判断するにほぼ間違いないかと思われます」
「聖人級上位程度の力があれば耐えられる、だったか?」
「恐らくですが」
であれば、力を減じているとはいえ王級のシルフィナでも生存は可能。問題はそこで何をするつもりなのか、だ。
「……考えてもわからぬか。念のため、シルフィナが結界を出るところを察知したい。何か情報が得られるかもしれん。結界付近を張ってくれるか」
「すでに相応の数を送っております」
さすがの手回しである。
持つべきは先を読み必要を行える部下ということかと、アルバートは機嫌良く労いの言葉をかけた。
「お待ちを……もう一つご報告する案件ができたようでございます」
いずこかの分身の様子を探っているのか虚空を見つめ、ウベルトはじっくりと十秒ほども押し黙った。
「これはどうやら、廃都に近づく人間の集団が二つがあるようです。それも別件で二名……掲げている国旗を見るに、ベヨネド王国とタロワ公国の使節団のようですね」
「そろそろ三か月だ。降伏勧告への返答と考えるのが妥当だろうが、同時に……か。さて、何を示し合わせている?」
ベヨネド王国とタロワ公国の王はもともとがベロワ公国の王位継承者だが、性格が異なりすぎて相性が良くない。ベロワ公国の傀儡として、衛星国家の王となったいまもそれは変わらないはずだ。
一応の交流こそあるだろうから示し合わせることは難しくはないだろうが、さて、このタイミングで同時に来訪する意味が今一つ読み取れなかった。
◇◆
使節団が同時に来訪するとあって、ろくでもないことでもなければいいがと心配していたが、蓋を開けてみれば杞憂に過ぎなかった。
「どちらも服従を選択したか。実に賢明である。しかし、くだらんな。どちらが先に服従を示すかで言い争った挙句、同時に使節団が到着するよう談合したなど……失礼だが、貴公らは正気とは思えんな」
使節団の特使二人が平身低頭するのを見下ろしながら、アルバートは深々とため息を吐いた。
とはいえ、これで一つの節目は終わったわけだ。
二つの国が無血開城した意味は大きい。これから呪族が南大陸に侵攻する上でも、国家と王を安堵した上で併呑したという実績は多くの小国にとって救いの手に見えるはずだ。
だが、アルバートとしては少しばかり面白くないのも事実だ。
タロワ公国の王にはあえて
戦争を起こすとまではいかなくとも、降伏に条件を出して交渉くらいはしてくると思っていたのに、まったくの肩透かしである。
「もうよい……使節達よ、歓待するゆえ、存分に楽しんでいかれるがよかろう。降伏の完了には面倒な手続きがまっているゆえな、英気を養いたまえ」
降伏します、はいそうですかでは講和は成り立たない。
両国の王、またはそれに追従する臣下が顔を合わせて式典を開く必要がある。
呪族にとって――いや、アルバートにとってそんなくだらぬ儀式など無用と思えたが、国家とは体面と段取りをとかく気にするものであり、それらの式典を無下にしてはならぬと事前にオルフェンから口酸っぱく助言されていたのだ。
面倒極まりないが、コルネリアかオルフェンあたりを向かわせればいいだろう、それくらいに考えていたアルバートだが、謁見の間を退出していく使節団の中に見知った顔を見つけ、ほんの少しだけ興味を覚えた。
「あれはまさか……いや、確実に目があった、か?」
退出の間際、ちらりとアルバートに視線を送った男。
目深に布付きの頭冠を被っていたためそれまで気づかなかったが、間違いないはずだ。
あれは、ベヨネド王国の国王、レイニード・ベヨネド・ルクセリアだった。
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