キャンプ

虫十無

風の声

 今日は初めてのソロキャンをしている。ソロキャンプ、今流行りのあれだ。多分流行っている、多分。

 そもそもはソロキャンプの予定ではなかった。友人たちと三人でキャンプの予定だった。それなのに一人は彼女とのデート、もう一人はバイトをそれぞれ間違えて入れていたらしい。三人だから二人残るし大丈夫だろうとでも思ったのだろうか、二人ともそっちを優先してしまってからお互いのことに気付いたようで結局僕一人になってしまった。

 僕はキャンプ自体初めてなのに。確かにキャンプしてみたいという気持ちは前々からあったから知識だけなら多分そこそこあるけれど、それでもキャンプ初心者がソロキャンなんてするものじゃないと思う。それでもせっかくだからとここまで来た。

 日が暮れるまでは順調だった。ちゃんと知識を活用してキャンプ初心者ではなくソロキャン初心者くらいの手際でいろいろできたと思う。けれど僕はキャンプ場の夜をなめていた。キャンプ場だから街灯みたいな明かりはある。けれどそれは街灯ほど近くにあるわけではない。ぽつぽつとそれぞれが離れてあるだけの明かりは安心感を与えるようなものではない。なんの意味があるのだろうと思ってしまうほど明かりは意味をなしていないように見える。僕がテントをたてたあたりには他のテントはない。そのせいで他のテントからの明かりのようなものもない。僕は明かりを持っているがトイレに行きたい時以外では意味がないから消している。

 明かりがないと他の感覚が鋭くなる。草のにおい、水のにおい、虫のこえ、風のおと。特に風の音がすごい。暗闇の中で聞く風の音がこんなにも怖いものだとは思っていなかった。そしてテント。テント一枚、心許ない。こんなに心許ないものだとは思っていなかった。テントのフライなんて中にいたら存在はわからない。僕が今触って確かめることができるのはテントのインナー一枚だけ。確かにそこにあるけれどそんなに厚いものでもないからもし風で何か飛んできたら破れてしまうのだろう。そんなことはない、そんなことはないと自分に言い聞かせながら寝袋により深く潜り込もうとする。けれどそれでも想像は消せないし音も消せない。

 音がする。足音だ。話し声も少し。何て言っているのかはよく聞き取れない。このあたりにはテントがなかったはず。トイレにでも行こうとしたのだろうか。明かりは持っていそうだから大丈夫だろう。……タンスがどうとか聞こえる。場違いだ。冷蔵庫、テレビ台という単語も聞き取れた。なんでこんなところでそんな話をしているのだろう。よく探したかとかまで聞こえる。管理人さんとかだろうか。お仕事大変だな。探しものだろうか。そうしたらお仕事じゃないのかもしれないな。考えているうちに眠くなってくる。あった、と喜ぶような小声が聞こえると思いながら眠った。


 起きてすぐ片付ける。昨日の夜は怖かった。ただ風の音を怖がっていただけだった気がするがそれでもなんだか怖かった。とりあえず一日分はキャンプを満喫したので少しもったいないがもういいだろうともう一日ここでキャンプする予定だったのを切り上げることにした。

 テントをたたむのに少し手間取る。広げるときは割とすぐできたのにたたむのは難しい。四苦八苦しながらふと周りを見回す。そういえばここから見える範囲でトイレから一番遠いのは僕のテントだ。昨日の声は何だったんだろう。誰であっても僕のテントの近くまで来る必要はないだろう。

 少し怖くなりながらテントを何とかたたみ終わり他の荷物もまとめて電車で帰る。

 家に着く。鍵を出す。入れて回す。回す方向が逆だったみたいだから反対に回す。ガチャ。ドアノブを持つ、引く。開かない。おかしい。鍵をもう一度差し込む。最初に回した方向に回す。ガチャ。ドアを開ける。開いた。部屋が荒らされている。

 警察に通報するとすぐ来てくれた。金目のものは大体盗まれたみたいだった。鍵はちゃんと閉めたはずだ。ピッキングでしょうと言われた。鍵穴に少し傷がついているらしい。

 まあ家にいて人に危害が加えられるよりいいですよと言われた。まあその通りではあるだろう。

 キャンプのことはもうほとんど記憶にない。けれど泥棒に入られたせいで嫌な記憶と結びついて嫌な記憶になってしまった。またキャンプに行きたいかと言われるとソロキャンなら行きたくないというくらいだ。

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キャンプ 虫十無 @musitomu

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