あべこべ

@rikushi11

第1話

朝起きると、いつもの照明が吊り下がった天井が目に入った。

今日も貧乏日常の幕開け。

特に目立った特技もなく、輝かしい日々を送るでもなく、小さな一人暮らしの部屋で

必要最低限の暮らしより少し劣った毎日を過ごす。


仕事は在宅。朝起きて最初にする事は仕事のメールチェック。

メールの画面を開きながら歯を磨き、仕事の依頼が来ていないか確かめる。


仕事関連のメールでふと気になった物が1通。

そのまま読んでいたが口の中に溜まる歯磨き粉の泡が気になり、口をゆすぎに席を外した。

PCの前に戻り、改めて続きを読む。


最後にメール相手の名前が今までと違う事に気がついた。

(担当が変わったのかな・・・)

特段気にすることもなく、定型文のような返答を返しメール画面を閉じた。



「仕事減ったなぁ・・・」

無意識に口をついて出る独り言が自分の耳に入り、自分のマイナスな発言に驚く。

普段は「言霊宿るから!」とマイナスな事を言わないように気を付けているからだ。

気を取り直してお気に入りのSNSを開く。

今日もTLの人々は思い思いの発言を垂れ流している。

それを見るのが好きで趣味の一つと言ってもいいだろう。だが、今日は少し様子が違った。


「保育園の送り迎えの時間までに掃除しないと!嫁が不機嫌になる」

「奥さんがストッキングを裏返しで脱ぎ捨てるの本当にやめて欲しい」


(何だ?いつもTLで見慣れた男性陣が一斉に家事育児をやってる。今日って何の日だっけ?)

カレンダーを見て特に何もない平日であることを確認し、少し考えてネット検索をした。

-○/○○ 何の日- 

カタカタと検索窓に今日の日付けを入力し、エンターを押すが結果は目を引くものは無かった。

(最近は男女平等だとか色々言うし、新しくキャンペーン的な何かが始まったの か?)

朝の働かない頭ではその程度の事を思うのがやっとで、SNSのTLを流し見していた。


時計を見ると9時少し前。2時間近くもダラダラとPCの前に座り込んでいた事に気付く。今日は仕事も入らなかったし、日用品の買い出しでも行こうかと着替えて出かける用意をした。


部屋から一歩出ると天気はよく、日差しは暖かい。しかし、空気は少しひんやりとしていて寒がりの私は身体をぶるっと震わせた。

近くのスーパーまで歩いて行く。住宅街を抜けてスーパーの建物が目に入ると必要なものを確認する為にスマホのメモを開いた。


開店直後の店内はそこまで人が多くなく、とても歩きやすく感じた。

一通り必要な物をカゴに入れてレジに並ぶ。

(どのレジが早いかな・・・)

混んでいなくてもつい考えてしまう小市民思考。客が少ないのでレジも空いていた。

空いているレジに行き、カゴをレジ台の上に乗せた。

店員のハッキリとした「お待たせいたしました」の声が聞こえる。

一秒も待っていないので少し気恥ずかしく感じてしまった。

「ポイントカードあります」

そう言って財布からカードを取り出すと慣れた手付きでカード裏のバーコードを見せ、読み取ってもらった。


会計を済ませ、サッカー台で袋詰をしていると横に大柄な男性がドサッとカゴを置き

袋に詰め始めた。視界の端にその男性のカゴの中身が見えた。特に何の変哲もない日用品と食品類。

(奥さんの代わりに買い物してるのかな。若しくはシングル…)

などと厭らしい考えがよぎってしまい、一人で勝手に反省していたが急に思い出し顔を上げた。


周りを見ると、通路の品出しをしている店員もレジの店員も買い物客も圧倒的に男性が多いことに気が付いた。

(今日は何か特別な日なの?)

少しだけその違和感について考えたが、袋の中の冷凍食品が溶けてしまう事を思い出し早足で自宅に帰った。

部屋に戻り、急いで袋の中身を冷蔵庫や冷凍庫に入れ一息ついた。


そこで改めて朝からの違和感に考えを巡らせた。

疑問に思うと調べないと気が済まないタチなので、手始めにいつものネット検索から手を付けた。

しかし、特に原因や理由は分からず仕舞い。でも、明らかに違和感がある。

兎に角、情報収集をしようと久しく見ていなかったテレビを点け、PCの画面にはいつものSNSと更新頻度の高いニュースサイトを幾つか開いた。

そこでようやく違和感の原因に気付いた。


女性ばかりだ。

普段は全く見ていなかったテレビの画面には女性がメインで司会進行役を務めているワイドショー。

平日の昼前の時間はワイドショーや帯番組と言われる情報系や料理番組などが多く、そのどれもがメインを女性がやっていた。コメンテーターも男性より女性の方が多く席に座り、そのコメンテーターが自分の専門分野ではない事柄に専門家のような顔をして話をしている。

テンプレのようになっている風景が全て性別だけがいつもと逆だ。

慌ててSNSの画面に目をやる。

家事育児への大変さを語るのも嫁姑との激しい抗争の日々を愚痴っているのも、

ほぼ全てと言っていいくらい男性。

何が何だか分からなくなった。

開いていた複数のニュースサイトにも目を通した。分野は政治。

焦る気持ちを抑えてキーボードを打つ。

-閣僚 写真-

少しだけ汗ばんだ手でエンターキーを強く叩いた。


大きめのPC画面に一斉に政治家たちの「例の赤絨毯の階段」の写真がモニターいっぱいに映し出された。


「どうなってるの・・・」

思わず声に出ていた。

私の知ってる赤絨毯の階段の写真とは明らかに違い、女性たちがそれぞれの性格を表したような服装で背筋を正して立ち並んでいた。

そこに控えめな色のスーツで申し訳程度にぽつりぽつり男性が紛れて立って居た。


好きな漫画家が居た。人間の心理描写が上手く、とりわけ親子など近親関係の絶妙な心の描写が本当に胸を締め付けられるような作品を生み出す作家。

数年前にその人の作品を原作としたドラマや映画も話題になった。

その題材が「男女逆転」した世界の歴史漫画だった。

ぼんやりとその事を思い出しながら色んなニュースサイトを見て回った。


時計を見ると買い物から帰ってから既に5時間が経っていた。

窓の外を見ると買い物に出ていた時には晴れていたが少しだけ曇り空に変わっていた。



ふと目が覚めた。いつもの照明が吊り下がった天井が目に入った。

身体が怠い。少しだけ頭痛がする。まだ寝ぼけた頭で外の音に耳を傾ける。

雨の音がする。

(ああ、頭痛の原因はコレか・・・)

そんな事を思いながら重く感じる身体を起こし、寝癖のついた前髪を搔き上げて欠伸をした。

昨日はいつ寝たのかも覚えていない。時計を見ると朝の7時過ぎ。

いつものようにPCを立ち上げ、その間に歯ブラシに歯磨き粉を付けて画面の前に座った。

そこでようやく昨日の事を思い出した。

モヤの掛かっていた頭が一瞬にして覚醒したのを感じた。

いつもならいの一番にSNSを開くのだが、今日は違った。昨日の自身の検索履歴を焦る思いで開き見た。

昨日の出来事が夢でない事を物語っていた。

急いでテレビの電源を入れる。朝らしい番組が各局流れている。

昨日までのニュースのまとめ、今日の天気に今日の運勢占いが映し出される。

「お天気お兄さんになってる・・・」

昨日から思わず出てしまう独り言が止まらない。

ある局の朝のニュース番組、今日の天気を伝えるのはモデルのような体型に整った顔の若い男性だった。横には更に詳しく天気の変化を伝える年配の女性。

他の局に変えても大きな差は無く、笑顔の素敵なお天気お兄さんたちが降水確率などを伝えていた。


一つの番組で目を引くニュースがあった。

「SNSで今話題となっている…ハッシュタグで…抗議の…」

メインキャスターの女性が聞き取りやすく綺麗な発音でニュース原稿を読み上げている。

内容は男性蔑視への抗議。男性のネクタイ着用の社会的圧力や男性のロングヘアーへの偏見などにネットのSNSでハッシュタグを使ってネットデモが起きていると言うものだった。

(こんな事まで男女が逆だ・・・ハッシュタグは何だろ?)

今までに無いくらい大きな独り言が口をついて出た。

「#パンツー!?!?」

ふざけたタグにしたもんだと半笑いで理由を調べてみると、女性はオフィスカジュアルとしてラフではあるがお洒落でそれなりにしっかりとした場にも使えるファッションをしているが、男性は基本的にスーツにネクタイで髪は清潔感のある整髪料を付けすぎていないロン毛でないヘアスタイルを無意識に押し付けられていると言うものだった。

スーツのパンツスタイルが元になっているようだ。


自分の知っている世界と何も変わらない。違うのは役割に対する性別の割合だった。


今日も仕事の依頼メールは・・・来ていなかった。

ガッカリする自分を奮い立たせて、私は自分の知っている世界と昨日からの世界と何が違うのか照らし合わせて見ることにした。

男女の感覚が逆になって一番分かり易いのは「生理だ!」と思い、こちらの世界では何にあたるのか調べてみた。そんな時に頼りになるのが日常垂れ流しツールSNSだ。


どうやら、私の世界で女性の生理はこちらの世界では男性の「勃起」のようだった。

SNSではそれにまつわる不満などが普通に語られていた。

日常会話の中では私の世界でも生理についてそこら中で大声で語る訳ではないが、SNSだと割りと普通に語られている。


「仕事中に突然勃起が来ちゃって、トイレに行ける状況でも無いし辛かった」

「勃起不順でいつ来るか分からないし、俺の大きいから通常の勃起パンツじゃ無理!」

「女性上司に勃起不順や勃起痛で休むとかあり得ないって言われた。じゃあ、お前がなってみろ!」


などなど、読めば読むほど私の世界の女性の生理と同じような不満が沢山あった。

その中でちょくちょく出てくる勃起パンツとは何だろうと興味が出たので調べてみた。

とある企業のCM動画が目に入った。

「突然の勃起にも安心!外から見ても分かりづらい!長時間でも蒸れない!ウルトラガードスリム」

自分の知ってる文言が次々と流れ聞こえてくる。

他にも勃起痛を和らげると銘打って「ヴワファリンSol」と言う鎮痛剤や体調管理を目的としたヘルス管理サイト「SolSol」などがあった。

そして、極めつけにちゃんと私の世界と同じような人種が居るのがビックリだった。


「俺男だけど、勃起不順くらいで仕事休むとかマジで迷惑」

「俺の若い頃にはそんなパンツ無いし、我慢してた。今の男は軟弱になった」

「女だから分からないけど、勃起って自分でタイミングコントロール出来るでしょ?」

「勃起不順や勃起不全くらいで病院行くとか大袈裟過ぎるわww気持ちの問題でしょ。少しは我慢しなよ」

「ち~ん()共の我儘に女の私達が付き合わされるのマジウザ・・・」

「勃起するってDTじゃないってことじゃん・・・ヤリチンじゃん。幻滅」


(男女って・・・どっちに転んでも何も変わらない・・・)

と読んでいる内にげんなりしてしまった。

馬鹿馬鹿しく感じる部分と、妙に納得してしまう男性の悲痛な叫びに自分の世界に戻ったら男性にもうちょっと優しくしようかな…などと考えてしまった。

いつ戻れるかも分からないと言うのに。


続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る