9話

 模擬戦第二戦。アルスが絶対負けるであろうという予想を大きく覆した大男の敗退。

 大男自体は騎士団内では然程名の知れた兵士では無かったが、圧倒的な体格差ではアルスが勝つと予想する者は誰一人としていなかった。


 そうして大歓声が湧き上がる中、続いてアルスの第二戦が始まる。次の相手もドロスでは無かった。アルスにとって一番戦いたい相手はドロスなのだが、辺りを見回してもドロスの姿は何処にも無かった。

 ドロスにとってはアルスなど相手にならないと思っているのだろうか。それともアルスのスタミナが減るのを待っているのだろうか。どれもアルスは考えてみるが、確信には至らなかった。


 そしてその第二戦の相手はアルスとほぼ同じの身長に同じ体格の相手で、その顔にアルスは見覚えがあった。その相手とは、ドロスのすぐ近くにいつもいた男である。

 友人なのか形式上の存在なのかは定かでは無いが、ドロスと一緒に影でアルスの事を見ていたのは、虐められていたアルスの記憶の中にたしかにあった。


 それなら恐らく強い。一戦目の大男の力任せの戦いより計画的に。アルスを見ていたからこそアルスの弱点を知っているかもしれない。この想像は大男を倒したアルスを前に余裕の表情で木剣を肩に置く相手の構えから来る物である。

 いつまでも緊張せずにヘラヘラと笑ってアルスを挑発する表情。アルスはこれには乗らずにしっかりと両手で木剣を真っ直ぐ体の前に構え、相手を見据える。


「よお、アルス。そんなにドロスと戦いたいか? いつも何も反抗せずに殴られていた時とは成長したなぁ? なにかきっかけでもあるのかねぇ……?」


「僕は……」


 そうアルスが言おうとすれば男はそれを遮る。


「あー答えなくて良い。どうせ僕は強くなったんだ! とか言うんだろ? それじゃあ分からねえんだよなぁ……。まぁ、わざわざ自分の弱点を晒すのも馬鹿な話だが。

 そんな妄想、僕が砕いてやるよ。知っての通り僕はアルスを殴るのに実はあんまり参加していないんだ。人を殴るより、陰で見ているの方が好みなんでね。

 だからと言って弱い訳じゃない。僕が直接手を出すと君が簡単に壊れてしまいそうだから……わざと今まで何もしなかったんだぁ……」


 そう言うと男は手に持っていた木剣を雑に放り投げ、拳からパキパキと音を鳴らす。どうやら武器は必要なく素手で戦うようだ。

 が、アルスは素手なら武器持ちが有利だと考えより構えに腰を落とし、相手を睨み付ける。


「僕は一戦目で君の能力の大体は把握した。力も強く、速さも尋常ではなく、前回の模擬戦では攻撃に耐える力も悪くはない。

 だけど、君の戦い方はどうも自分の力を過信しているような気がする。力が強ければ、速ければ、耐えられるのならなんでも良いと言う訳では無いんだよ?

 その力をどう利用するかが戦闘では大事なんだぁ……さぁ、早くかかって来い。僕の名前はエイファル。君の妄想を打ち砕いてあ・げ・る」


「くっ……うおおぉ!」


 アルスはエイファルの挑発に乗ってしまう。模擬戦で対峙してから数分と時間が経ち、ずっとエイファルがアルスの力について分析していたからだ。

 どうして早く戦わないんだ? やりたければ早く倒せばいいものを。

 長い説教のような言葉を永遠と聞かされる事に痺れを切らしたのかアルスは強く地面を踏み込み、ステータスの敏捷を生かした全力のスピードで木剣で斜め下から斜め上に斬り込みを掛ける。


「ほおらやっぱり。君は確かに早い……でもねぇ。僕は君のその速さを逆利用もできるんだ」


 そう向かってくるアルスにエイファルは小声を漏らすと静かに軽く二本指を作り前へ突き出す。すると、まるで吸い込まれるようにアルスはエイファルの二本指に二つの目を貫かれる。

 たったの二本指でぐしゃり潰れる眼球。そう、アルスの出すスピードはエイファルの出した二本指で軽く眼球を潰せる程の勢いがあったのだ。


 エイファルは奥までアルスの眼球に突き刺さった指をアルスを蹴飛ばして抜き取り、軽くポケットから出したハンカチで血みどろになった指の血を拭いとる。


「ゔあああぁぁぁあ!!!」


 アルスは突然の激痛に両目を抑えて苦しみ悶える。この時にスキルの《諦めない心》が発動し急速に眼球の修復を始めるが、エイファルはその隙を逃さずに地面に転がり回るアルスの膝を踏み付けてへし折り、腹を蹴ってはまた踏みつける。


 その光景は模擬戦ではなく、一方的な虐めそのものだった。観戦者は一気に歓声を消し、アルスが虐められていたその光景を思い出す。


「ほぉら! どうしたアルス君? 強くなったんだろう? なら見せてくれよその強さをさぁ!」


 痛み受ける程にどんどんとスキルの効果である『肉体損傷の修復』速度が速まり、アルスはこの二度も味わいたくない屈辱に堪忍袋の緒が切れる。

 ブチッと頭の中で血管が切れるような音がすると、気付けば木剣から激しい炎を吹き出していた。


「うあああぁ!!」


 怒りに身体を任せ、急速に回復した体を動かして燃え盛る木剣をエイファルに振り切る。

 幸運にもその炎をエイファルは咄嗟の判断により避ける事が出来たが、炎の熱気は確かで、ジュウと音を鳴らしてエイファルの着る鉄の鎧に大きく裂けたような溶けた痕を残す。


「なっ……!? これは一体……?」


「はぁ……はぁ……はっ!! こ、これは……」


 身体は燃えなくとも一撃で鎧を溶かす熱を木剣から出したアルスにエイファルはただならぬ困惑した表情でアルスを睨む。

 それに対してすぐにアルスも我を取り戻し、どう言い訳すれば良いのか必死に頭を回転させる。


「こ、こんな模擬戦は危険過ぎる! 僕は棄権だ! こんな話聞いていないぞ!」


「僕は……僕は……!」


 思わず焼き殺される危険を感じたエイファルは棄権すると叫ぶ中、本来ならアルスの両目を失明させたのも危険だろうと野次馬が囁く。

が、アルスの炎の剣もまた誰もが想像し得ない力のため、目の前で起きた事に模擬戦の会場は騒然とする。


 この問題は目撃者である審判がすぐに上へ報告し、結果はアルスの違反行為によりアルスの敗北という結果に終わった。

 また一戦しか勝てなかった。例え無意識に魔法を発動してしまったとは言え、もし炎の剣がエイファルに直撃していた場合、確実に殺していただろう。そうなれば敗北という結果以前の問題となってしまう。

 アルスは後悔しながらも今回は自分に非があると見て、模擬戦の会場を後にした。


 そうして反省の為に自分の部屋に戻ろうとするが……その時、目の前の廊下奥からただならぬ殺意の気配をアルスは感じ取った。

 その気配の正体はドロスだった。自分の部屋に戻ろうとするアルスのすぐ目の前の曲がり角からドロスは、訓練用では無い本物の鉄の剣でアルスを勢いよく串刺す。


 剣はしっかりとアルスの背中を突き破り、血が噴き出す。


「がっは……!?」


「本物手に入れるのに一苦労したけど、これでもうお前の顔を見なくて済むんだぁ……お前がこっちに来たのは予想外だったが……これでバレずに済む……早く死ねよ」


 ドロスは冷たくさめた目で、痛みで体勢を崩すアルスを見下ろし、もう一度剣を振り下ろす。刃はアルスの脳天に突き刺さる。

 完全に死んだ。どんなに諦めが悪いアルスでもこれは耐えるというレベルでは無い。完全なる死だと。ドロスは喜ぶ。


 そしてアルスもまたドロスを説得することが出来なかったという後悔にドロスに殺されるなら此処で死んでも良いだろう。そう思っていた。


 しかしスキルはそれを許さなかった。


 ドロスの刃が脳天に突き刺さり、脳に到達する前にスキルはアルスの肉体を超急速に修復させ、アルスの脳天からその鉄の剣がごとり落ちる。


「どうして……どうして殺してくれないんだ……」


「は? ひぃっ!? う、嘘だろ!? なんで生きてんだ!」


「この力はやっぱり神様からの罰なのか!? くそっ僕はもう死んでも良いと思ったのに! なんでだ!」


「な、何を言っているんだ? お前……」


「暫く一人にしてくれ……」


 アルスは自分を殺した筈のドロスを暗い目で見ると、そっと自分の部屋に戻った。

 この力は神の贈り物、この力は神からの罰。何度考えを改めたか。罰でもあり贈り物でもあるというのだろうか。


 自分の力不足でドロスを説得する事が出来なかった。この後悔からドロスから振り下ろされる鉄剣は、これで死んでも良い。そう思った筈なのに、スキルはまるでアルスの望みを拒絶するかのように死の直前に体を修復させた。

 この力は一体何のために、どうしてアルスに与えられたのか。アルスは大きく溜息を吐いて、頭を抱えて悩む事しか出来なかった。


 そんな悩みに耽るアルスの一方、騎士団の上層部では、模擬戦中に発揮したアルスの力についてどう処理するべきか問題になっていた……。

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