第30話

「なぜ、なぜこんな……っ!?」

「なぜ、こんなことをって? 先ほど理由は申したではありませんか」

「教皇様がこんなことするなんて……」


 教皇は勇者将人の問いに簡潔に答えた。

 血で濡れた手を白いハンカチで拭う教皇は、見慣れた微笑みを張りつけている。

 柔和な笑みを浮かべながら血を拭う姿はとても不気味で、また、見る者によっては美しく映るだろう。

 彼女は拭い終わったハンカチを床へと落とすと、勇者たちに視線を巡らせる。

 まるで、次の獲物を見定めるかのように。


「そうですね。次はあなたにしましょうか」


 そう言って教皇は篠田と呼ばれた少女に寄り添い泣いている少女へと近寄る。


「やめろッ!!」


 そんな教皇を止めるべく、少女と教皇の間に入ってきたのは、勇者将人と先ほど吐いていた少年。


「あら、ではあなたが先ですね」


 教皇は視線を少年の方へと向けると、彼らの前から消えた。


 グシャ


「……え?」


 教皇が消えた次の瞬間、勇者将人の横から聞こえた何かを潰すような音。そして、彼の顔にかかる生暖かい液体。

 彼は音の方へと振り向くと、片手で少年の顔を鷲掴む教皇の姿。

 少年の顔は教皇の片手で握りつぶされていて、潰れた際に血が噴き出したのだろう。

 ハンカチで拭った手はすぐに血濡れになった。


「恭吾ッ!! はあああああッ!!」


 勇者将人は少年――恭吾から手を離させるため、抜剣しながら教皇の腕めがけて斬り上げた。


「あら?」


 腕を斬られ、不思議そうな声をあげる教皇。

 斬られた腕からは血が溢れているにも関わらず、顔を歪めたりはしない。


「意外とあっさり攻撃してきましたね。もう少し躊躇するかと思ったのですが……」


 溢れる血を一切気にする様子もなく、彼女は首をかしげながら勇者将人を見つめた。


「……教皇様はそんなことはしない!! お前は誰だっ!?」


 勇者将人は教皇を睨みつけながら問いを投げつける。


「誰って、この国の教皇である……」


 教皇は自分の名前を告げようとして言葉を詰まらせた。


「……はあ、こういうことやるなら名前も調べとくべきだったな」


 ため息をついた後に出た言葉。

 教皇の声であるものの、口調はまったく別のものだった。

 それを聞いて勇者将人は剣を握る手に力を込めた。


「お前は誰だッ!?」


 再度問う勇者将人。


「ま、面白いもんも見れたし、いいか」


 聞く耳を持たない教皇(?)はニヤリと口角をあげた。

 先ほどまでの柔和な笑みが嘘のような不気味な笑み。


「きゃあ!?」

「朱里っ!?」


 教皇(?)が笑みを浮かべた直後、篠田に寄り添っていた少女の方から悲鳴が上がる。

 そちらを見ると、先ほど斬り落としたはずの腕が寄り添っていた少女――朱里の首を絞めていた。


「たす……け……」


 朱里は勇者将人へと手を伸ばして助けを求める。


「今助け――」

「させないっての」


 教皇(?)は駆け寄ろうとする勇者将人に足をかけて転ばせる。


「今っ! いぎッ!?」


 転んでもなお、すぐに立ち上がろうとする勇者将人の片足に黒い剣を突き刺した。

 剣は足を貫通して床にまで刺さっていて、勇者将人は動こうにも突き刺された剣によって縫い留められてしまい、痛みもあってかそれ以上進むことが出来ずにいた。


「しょう……と……く……ん……」


 床に這いつくばいながらも、助けようと必死に手を伸ばす勇者将人。

 その手を掴もうと伸ばす朱里。

 だが、届きそうで届かない距離。


「たすけ――」


 ごきっ


 もう少し、もう少しだった。

 彼と彼女の指先が触れたのだ。

 だが、それも一瞬。

 何かが外れたような、折れたような音が無情にも勇者将人の耳へと届いた。


「朱里っ!! じゅりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」


 勇者将人の叫びもむなしく、朱里の伸ばされた手は床へと落ち、表情の消えた顔には涙が流れていた。

 その首は手の形に青くなってしまっている。

 先ほどの音は、尋常でない力によって首の骨が折られた音なのだろう。


「じゅり……じゅり……。よくも、よくもおおおおッ!!」


 勇者将人は怒りと憎しみを教皇(?)に向け、無理矢理にも立ち上がる。


「あああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」


 痛みを誤魔化すように咆哮をあげる。

 無理矢理身体を持ち上げた結果、貫通している剣の鍔で引っ掛かってしまう。

 そこまで来たところで柄に手が届いた。

 彼は柄を掴んで引き抜く。


「はあ……はあ……ッ!!」


 痛みで息が荒くなっているが、彼は教皇(?)を殺意を乗せた視線を向けている。


「おお! 凄い凄い!! 人間やれば肉の裂ける痛みを我慢できるんだな」


 ぱちぱちとわざとらしく拍手をする教皇(?)。


「殺す……殺してやるッ!!」

「いいね! 困惑からの殺意っ!! だが、その願望は叶わない」

「はああああああああああっ!! ”ホォォォリィィィィィィ・クロォォォォォォォス”ッ!!」


 一気に魔力を練り上げて放たれた光の十字架。


「あ、それ見たわ」


 教皇(?)がそう呟いた瞬間、光の十字架は黒いスライム状の何かに覆われて消えてしまう。


「なッ!?」

「渾身の一撃だったみたいだが、ざーんねーん!!」

「ッ!? がふっ……!?」


 すでに勇者将人の目の前まで移動していた教皇(?)は、剣のように変質している腕で勇者将人の腹部を突き刺した。


「ま、本物教皇よりも強い魔法だったし、褒美として俺の正体を教えてやろう」


 教皇(?)はニヤリと笑うと、斬り落とされた腕を持ち上げる。

 すると、まだ血が流れ出ている傷口が盛り上がり、ぐちゅぐちゅと音を立てて再生していく。

 治った腕、その手のひらで顔を隠すように覆う。


「さて、これでわかるか?」

「……リンドウ……っ」

「せーかーい! 顔は覚えていてくれたんだなぁ! 感激だぜぇ!」


 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる教皇――もといリンドウ。


「まあ、正解したところでお前の末路は変わらないんだけどな」


 そう言ってリンドウは剣の腕に力を込める。


「……なんで……みんなを……ッ」


 振り上げようとしたところ、勇者将人の声を聞いて止めるリンドウ。


「ああ? そこは覚えてないのかよ。あの時言っただろ――」


 そこで言葉を切るリンドウ。

 彼は腕に力を込め直して一気に振り上げた。

 腹から頭頂部までが綺麗に切り裂かれる。


「――全員殺してやるって」


 紡がれた言葉はおそらく勇者将人には届いていないだろう。

 リンドウは剣型の腕についた血を振り払ったあと元に戻した。


「さてさて、一仕事終えた後は飯だ飯! いっただっきまーすっ」


 殺すことよりも、その後の食事の方が楽しみになりつつあるリンドウ。

 彼は手を合わせるたあと、転がる勇者たちを食べ始めた。


「うんめええええええええええええええええッ!!!」



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