第19話

 仕入れをした街から二日後。

 盗賊や魔物と出くわすこともなく、いたって平和な護衛が続いた。

 現在時刻は正午過ぎ。

 昼時と言うことで馬の休憩も兼ねて昼食休憩をしているところだ。


「そう言えば、リンドウの武器ってその剣か?」


 商隊の方から貰ったスープと黒パン、干し肉を食べていると、一緒に食べていたハイルが俺の武器である剣を見ながら聞いてきた。


「ああ。基本は剣だな」

「基本はってことは他にもあるんだな?」

「一応魔法も使える」


 初対面であったころは敬語を使っていたが、彼らから敬語を使われると背中がむずむずすると言われ、いつも通りの話し方になっている。

 俺としても営業スマイルに外向けの喋り方は疲れるのでありがたい。


「えー、それ早く言ってよ! 剣士だと思ってたから一人で魔物追っ払ってたのに!」


 魔法を使えると聞いてクルリアは膨れる。


「すまないな。俺も手伝おうかと思ったんだが、クルリアがガンガン倒しているのを見て言うに言えなくてな」

「魔力回復ポーションだって安くないんだよ? 美味しくもないしさ」

「次からは手伝う」

「ほんとにー?」

「ほんとほんと」


 一週間も一緒にいれば軽口が叩けるくらいには仲良くなれるもんだな。


「あと、それを言うならゼクスにも言ってくれ。遠距離武器持ってるんだから」

「確かに! ゼクスも戦ってね」


 矛先をゼクスに向けさせて俺はスープに浸した黒パンを食べる。

 味が薄く、お世辞にもおいしいとは言えないが、腹を膨らませる分にはちょうどいいのだろうな。これ。

 俺やベルゼだと食べた気にもならないが。


「任せとけって。依頼も折り返しまで来たしな」


 すでに食べ終わっているゼクスは魔導銃の整備をしながら言う。


「前に出たとき、背中を撃つなよ?」

「ははは! そこも安心してくれよ。なんたって俺は狙撃のスキルを持ってるからな!」


 俺の軽口に、ゼクスは笑いながらそういう。

 何やら新単語が出てきた。

 スキルとな?


「スキル?」


 疑問に思ったことはとりあえず聞く。

 すると、彼らはきょとんとした顔で俺を見てきた。


「え、いや、お前まさかスキルを知らない?」


 ハイルが問うてくる。


「知らんな」

「マジかよ。それでよく魔法が使えるな」


 言い方からして魔法もスキルのようだ。

 知らんもんは知らん。


「スキルの確認もしたことないの?」


 小首をかしげながらクルリアが聞いてくる。

 スキルの確認?


「ステータスの確認はしたことあるが、スキルはしたことない」

「Bランクなのに意外ね」


 そう言ってくすくすと笑うシーリア。


「まあ、ギルドじゃ基本的にステータスの確認しかしないからなぁ。知らん奴はいるのかもしれん」


 さすがにBランクの奴だと初めて見た。と言われた。


「スキルの確認ってどうやるんだ?」

「ギルドに頼めば確認してくれるわよ」

「へぇ」


 初耳だ。

 そもそもスキルと言うものが存在していること自体初耳だ。

 でも、そうか。ステータスなんて物があるんだ。スキルなんて物があっても不思議じゃないな。


「依頼が終わったら聞いてみるわ」

「そうしとけ。知らぬ間にスキルが増えてたりするからな」


 何かの条件を満たしたときにスキルが増えるのだろうか?

 実は知らないだけでレベルなんて概念もあったりしてな。

 まあ、ルンドブルムにでも着いたら確認してみよう。


「?」


 ハイル達に俺の戦い方とかを聞かれ、それに答えているときだった。

 魔物の気配を感じて街道沿いの森へと振り向く。


「どうした?」


 いきなりの行動に、ハイルは不思議そうに聞いてくる。


「いや、魔物の気配を感じてな。早めに出発した方がいいかもしれん」

「っ……。わかった。俺は商隊に伝えてくる。ゼクスたちは準備してくれ」


 ハイルの指示に従い、俺たちは皿を片付け、下した荷物を乗せ始める。

 しばらくして、護衛対象のおっさんがこちらに来た。


「魔物の気配と聞いたが、数などはわかるか?」

「いや、正確な数はわからないがかなり多い」

「ふむ。……わかった。少し早いが出発しよう」

「信じるんだな」

「それで危険を回避できるなら信じるとも。さ、出発だ! おろした荷物を積んだら出るぞ!」


 さすがと言うべきか。否か。

 まだ知り合って間もない冒険者をこうも信じてくれるのは嬉しいが、もし嘘で罠だったらどうするのだろう?


「これでも物や人を見る目はあるのだよ。嘘を言う奴はすぐわかる」


 聞いたらそう答えてきた。

 さすがは商人。目利きはいいようだ。


「人を見る目はなさそうだがなぁ」


 そう呟くのは干し肉を頬張るベルゼ。

 今回ばかりは嘘を言ってはいないが、人を見る目どうのこうのだったら確かに節穴なのかもしれないな。


 荷物を乗せおわると商隊はすぐに動き出した。

 にしてもこの魔物の量はどう見てもおかしい。近くにダンジョンがあるならスタンピードを起こしたんじゃないかって位の量だ。

 早めの動き出しと言うことで、後ろからの襲撃も考えた結果クルリアとシーリアが前後交代。

 遠距離攻撃と範囲攻撃の出来るクルリアを殿に置くことにした。

 前は俺とゼクスがいるため、遠、中距離は問題なく。

 シーリアで近接を補える。


「リンドウ君。魔物はどう?」

「商隊を挟むようについてきてる」


 目を閉じて周りの気配探査に集中する。

 統率が取れているような動きをしているあたり、スタンピードの説は消えた。


「……これ、もしかしたら人間が関わってるかもしれないな」

「どうしてそう思う?」


 俺のつぶやきに反応するゼクス。


「魔物の癖に統率のとれた動きをしてる」

「ウルフ系統ならあり得るんじゃないかしら?」


 確かにウルフ系統は群れで狩りをするため、リーダーが統率を取る。

 が、今回のは違う。


「ウルフ系統の気配じゃないんだよ。体躯はウルフなんかよりも大きい」

「なら、オークやホブゴブリンの可能性もあるな。ロードがいるかもな」

「その線はあるかもしれん」


 ベルゼに聞くのが一番手っ取り早いんだが、如何せんゼクスとシーリアがいるため話しかけられない。

 ちらりとベルゼがいる方に視線をやると、頭の後ろで手を組んでぼけーっとしていた。

 使えねぇ。

 再度目を瞑り意識を集中させる。

 相変わらず商隊を挟むように動いている気配。


「うわ」


 前方の探知圏内の森に一際大きい気配が現れた。


「ゼクスッ! 狙撃の準備だ! 前方役三百メートルの左側の森にデケェのがいる!」

「マジかよ!?」


 俺の言葉に驚いたゼクスはスナイパーライフルを片手に帆の上へと登っていった。

 器用に骨組みの上を移動してうつ伏せに寝そべるのが影で見える。


「御者さんは止めないで」

「り、了解!」


 俺たちの会話が聞こえていたのか、御者も緊張した面持ちで答える。


「リンドウ! シーリア! オークロードだ!」


 ゼクスの方の予想が当たったようだ。


「道を塞いでいるようなら撃て!」

「あいよ!」


 返事が聞こえた後、パスンっと言う比較的小さな音が聞こえた。


「よし! 森の方に寄せた!」

「了解。御者さんはスピード維持してそのまま突っ切ってくれ。俺は後続車がやられないように外に出る」

「なら私も!」

「シーリアは突っ切ったあと追手が来るようなら迎撃してくれ」

「……わかったわ」


 少し不満そうだが、正直パーティーでの戦闘はやりづらいからな。

 出てこられても困る。

 上ではパスンパスンっと森から出さないようにゼクスが撃っているようだ。


「リンドウ! もうすぐしたらロードの横だ!」

「了解」


 もちろん気配で距離はわかってる。

 ちょうど真横に差し掛かる所で馬車から飛び降りて着地。

 馬車に襲い掛かろうとするバカデカい二足歩行の豚だが、その肩にゼクスの魔弾がヒット。反動で後ろによろめく。

 前から「外した!」と言う声が聞こえたためおそらく頭を狙ったのだろう。

 だが、ナイスだ。

 よろめいたロードに飛び蹴りをかまして倒し、がら空きの首に剣を刺して横に切る。

 それと同時に商隊の馬車の最後尾が横を通り抜けていった。


「すぐに合流する!」


 通り際にそう聞こえたので、あとから応援に来てくれるのだろう。

 まあいらんが。

 ロードに刺した剣を抜いて血を振るい落し、馬車を追うように現れたオークの一体の足を一閃。

 片足が切れてバランスを崩したオークが転び、後続のオークがそれに躓いて転ぶ。

 汎用性でお馴染みの地属性魔法を使って重なった二体のオークを串刺しにした。


「待て待て」


 俺を避けるように移動するオークたちを、皆見から頂いた植物魔法を使って木を操り、枝を突き刺して殺していく。

 自然が多いと便利だなこの魔法。

 俺を避けて通れないことが分かった残りのオークどもは、標的を俺へと変更して襲い来る。

 振り上げられた棍棒を腕ごと斬り、落下してくるそれを蹴って別のオークにあて、ジャンプして腕を斬った奴の首を斬る。

 首を落としたオークを足場にして跳び、殴りかかってきたオークの攻撃を回避。

 空中でくるりと反転して剣を投げて頭に刺す。

 地面に着地して剣の方に走り抜き取りながら別のオークへと剣を振るうと、風の刃が発生して首を刈り取った。

 こんな調子で集まってきたオークどもを殺し続け殲滅が終わった


「ふぅ」


 最後に倒したオークに剣を刺してその横に座り込んで一息つく。

 座ってのんびりしてると、巨大な影が俺へとかかる。


「あ?」


 見上げると傷の癒えたロードが俺へと巨大な剣を振り下ろすところだった。


「再生能力だけは高いとかめんどくせぇ」


 そう呟いたところでパスンっと言う音共にロードが仰け反る。

 よく見ると、額に焦げ跡があるようだ。


「おーい!」


 声の方を見ると、ハイル達が走ってきていた。

 今の音はゼクスの攻撃のようだ。

 まあ、これで死んだら楽だが、首を切っても死なないのだから今の一撃じゃ無駄だろう。

 オークに刺した剣を手に取り、炎を纏わせてロードの腹に突き刺して斬り上げる。


「Bumoooooooooooッ!!!」


 痛みで咆哮をあげるロード。

 再生しようにも傷口を焼いたため再生出来ずにいる。


「うるせぇ」


 地属性魔法を発動させて四方八方からロードを串刺しにした。

 これによりやっとロードは息絶えたようだ。


「ったく」


 見られるとめんどくさいから暴食の力は使わなかったが、これほどめんどくさいとはな。

 護衛依頼もこれっきりにしよう。

 人と行動するのがこれほど制限がかかるとはな。


「大丈夫かリンドウ!」


 適当な布を取り出して剣に付着した血を拭い取って燃やす。


「問題ない。ゼクスの援護で隙が出来たからな」


 援護がなくてもまったく問題はなかったが。


「馬車の方は?」

「あっちも問題ない。数匹来たがただのオークだったからな」

「向こうにはシーリアとクルリアを残してきてるから、残党が来ても余裕だろうよ」


 だてにCランクじゃねぇか。


「こいつらはどうするんだ?」


 散らばっているオークを指さしながらハイル達に問う。


「解体して持ってくのが普通だが、この量だしな。魔石だけ取り出して燃やすのがいいだろう」


 ふむ。

 魔石か。討伐依頼の時に証拠品として使われるらしい。

 大抵食ってるか、そのまま持っていくから存在は知ってても見たことはないな。


「魔石ってどの辺りにあるんだ?」

「はあ? お前Bランクなのにそんなことも知らないのか?」


 ゼクスに何言ってんだテメェ? みたいな顔される。


「解体の仕方を知らなくてな。ほとんどは魔物討伐の時にゃ解体屋に頼んでるからな」

「はー、そんな奴もいるんだな。ま、いいさ。やり方教えるわ」


 これはありがたい申し出だ。

 俺はゼクスとハイルに解体のやり方を教わりつつ魔石を取り出していく。


「ほう、これが魔石」


 魔石は球体で、魔物の魔力が徐々に溜まり集まったものと聞いたことがある。

 つまりは魔力の塊と言うことだ。

 これはサイズが大きいが、飴玉サイズの魔石ならいいおやつになるかもしれないな。


「「でっか!」」


 ロードの解体をしていた二人の方からそんな声が聞こえた。

 二人の方に向かうとハイルの手に持つボーリング玉並みの大きさがある魔石を見て驚いているようだ。


「デカいなそれ」

「ああ、リンドウか。デカいよなこれ! ほら」

「くれんのか?」

「当たり前だろ? お前が倒したんだからな」


 そう笑いながら魔石を渡してくる。


「ならありがたく」


 受け取って背嚢に突っ込む。

 売れば結構な額にはなりそうだ。


「でもいいのか? 半分貰っちまってよ」

「護衛対象を逃がすことが出来たのはハイルたちのおかげだからな」

「ま、そういう事なら貰っとく」

「そうしてくれ」


 水晶玉くらいの大きさもあると食いづらいから量はいらない。


「リンドウは火属性は使えるのか?」

「問題ない」

「なら頼むわ」

「了解」


 解体し終わった死体はまとめてあるので、それにちょちょいと油をぶちまけて火を放つ。

 ……火力が弱いな。

 火力を上げるために魔力濃度と酸素濃度を上げる。

 火の色が青に変わり、周りの空気を吸い込むようにゴウゴウと燃え盛る。

 しばらくして死体は灰になった。


「よし、馬車の方に合流しよう」

「お、おう」

「そうだな」


 振り返ると、ハイルとゼクスはちょっとの驚きと苦笑いを浮かべていた。

 二人と共に馬車の方に向かう途中、魔法や戦闘方法など色々聞かれたりした。

 鬱陶しい。

 商隊の方は被害はないようで、護衛対象のおっさんにめちゃくちゃ感謝された。


「さすがにこの人数を守りながらロードを相手にするのは困難だったからな。リンドウの囮は助かったが、あまり無理はしないでほしい」


 念のために少し進んだところまで言って休憩をとることになった。

 そこでハイル達四人と護衛対象のおっさんたちと話しているのだが、ハイルからそう言われた。


「無理はしてないな。ロードがいるとは言えたかだかオークだしな」


 雑魚は雑魚。

 だけどオーク肉は美味いから食いたかったなぁ。


「Bランクの言うことはちげぇなぁ。オークロードをたかだかオークごときとはなぁ」


 乾いた笑いを溢すハイル。


「だが、無理しないでほしいというのはうちとしても言える。折り返しまで来たとはいえまだ危険はある。人員の欠けは避けたいところだ」


 そう言うのは護衛対象のおっさん。名前はクロイツと言うらしい。

 正直今知った。


「……ま、気を付けるさ」

「頼むぞ」

「ああ」


 誰かに頼られるというのはこちらに来てからだと初めてかもしれないな。


「ククク」


 そんな俺の表情を見たのか馬車に寄りかかって立っていたベルゼが笑いを溢して森の中へと消えていった。

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