事件捜査はボランティア

木林 森

第1話 ソロ

「捜査第一課の山崎という男がこの事件に絡んでいるのよね」


 科学捜査研究所―通称「科捜研」―のチームリーダー美蘭さんが独り言をつぶやいた。


「彼は線が細く、眼鏡をかけたやせ型の男。今日は青いネクタイだったわね」


 僕は美蘭さんに「ある書類」を届けるように言われてここへ来た。でも、それは僕を呼び出すきっかけであり、呼び出した本当の理由は別にある。


「おそらくここ数時間以内に、事件と関連した行動を起こすはずなのよね」


 科捜研に所属する人は事件を直接捜査する権利を与えられていない。事件現場の検証や、残された遺留品・証拠品を調べ、事件解決につながるものがないかを鑑定するのが仕事だ。何かあれば捜査第一課に所属する刑事を通して、間接的にしか捜査に関われない立場だ。


「彼を追えば、きっとこの事件の真実にたどり着く。それだけは間違いないのよ…」


 美蘭さんが僕を呼び出す時、それは僕に調べて欲しいものがある時。


 美蘭さんはパソコンの画面を見つめながら独り言をつぶやく。そのつぶやきを元に、何を僕にして欲しいかを自分で判断し、行動する。


 そう、僕は普通の鑑定や捜査では解決の難しい事件を、裏で調べる仕事をしている。いや、報酬はないからボランティアをしているという方が正しい。


 きっかけはちょうど1年前。警察の捜査では辿り着けなかった事実を、僕が見抜いて美蘭さんに報告、その後事件解決につながった。


 当然だけど、僕がその事件に関して表に出る事はなかった。その時は高校生。警察が高校生の力を借りて、ようやく事件解決したとなれば面目が立たない。今のご時世、批判の種になるだろう。僕の突き止めた事は美蘭さんの仕事によるもの……という事になった。

 

 僕自身も人前に出るのが苦手なので、それでいいと思っている。僕の力が事件解決に繋がったんだから、悪い気はしないし、社会貢献出来た気分になれたので素直に嬉しい。美蘭さんは「実際に貢献しているわ。ありがとう」と言ってくれたけど、勝手に事件に首を突っ込んでしまったという後ろめたさは残った。


 それからだ。美蘭さんは何か行き詰まったら、僕の力を借りられないかと考えるようになった。たぶん。当然だけど警察と無関係の僕に、事件に関する情報を提供したり捜査に協力して欲しいなど、公に要請出来るわけがない。


 ある時から美蘭さんは僕を呼び出しては、事件に関する独り言をつぶやくようになった。僕もその意図を理解し、「勝手に僕が事件に首を突っ込む」という状況を作り出す。何かあれば僕も美蘭さんも罰せられるのは間違いないが、この形なら厳重注意と僕の警察本部への出禁、科捜研の業務改善案の提出程度で済むだろう。


 僕は勝手に事件に首を突っ込み、公の捜査では掴めない真実を見つける。僕にはその能力がある……らしい。美蘭さんは、あくまでも独り言をつぶやくだけだけど、万全のサポートをしてくれる。


 今、美蘭さんが困難に直面しているのは、数日前に私立学校で起こった殺人事件だ。警備員の男が英語教師を殺し、その後自殺。警察としてはこの事件、教師を殺した犯人が死亡という形で処理しようとしているようだ。でも、僕はこの事件にまだ何かがある事を突き止めてしまった。


 警備員のスマホから不審な点を見つけたのだ。スマホデータを入手したのは「僕が勝手にやった事」。調べたところ削除されたメッセージがあり、第3者が今回の事件に関与してる可能性が高いと断定できた。


 そして今、美蘭さんは捜査第一課に所属する山崎という男が事件の鍵を握っていると確信しているようだ。僕があぶり出した第3者と同一人物なのか、はたまた別の関係を持つ者なのかはまだわからない。


 しかし殺人事件に刑事が関与しているかもしれないというのは驚きだし、警察としても一大事。事は慎重に進めなければならないはず。


 僕に彼を調べて欲しいという事は、何らかの形で彼が事件に関与している裏付けを手に入れたいという事だろう。


 今から僕は、勝手に「裏付け」を見つけるというわけだ。


「……」


 美蘭さんのデスクの横には、色々なアイテムが置かれている。


「おそらく山崎は、捜査が始まると聞いて何らかのアクションを起こすはずなのよね~。次の一手を先回りできれば、確実にこの事件は解決に向かうはず……」


 先回り。山崎さんという人の動向を探れという事か……。物を調べたりするのは平気だけど、直接人を監視したり尾行したりする事は出来ない。何より僕は刑事でもなければ探偵でもない。下手に対象人物を追いかけようとしたら、絶対にボロが出て危険な目に遭うかもしれない。


「……」


 引っ越し業者やフードデリバリーの制服もある。何故、これがこんな所にあるかはわからないけど、僕はその中からUber Eatsの制服を選んだ。


 美蘭さんの独り言を頭の中で反芻し、科捜研のラボを出る。ここからは僕のソロパートだ。


 とりあえず山崎さんを見つける事から。トイレの個室で制服に着替えた僕は、誰もトイレに出入りしないタイミングを見計らってそこを出る。16階からなる警察本部には何度か来ているので、捜査第一課の場所もわかる。


 一般人が立ち入れない場所もたくさんあるけど、許可証があれば自分のようなデリバリー業者(本当は違うけど)が入れる所も少なくない。


「……」


 この扉の向こうが捜査第一課の刑事達が普段デスクワークをこなしている部屋だ。問題は本来デリバリーフードは入っているはずのBOXには何も入っていないこと。


 「注文品を忘れました」なんてバカな事は言えないし。どうすれば山崎さんという人物に接触できるか? そう考えていたら突然扉が向こう側から開き、男の人が出てきた。


 僕も考え事をしていたし、あちらも何か焦っていたのか急ぎ足だったせいで、出会い頭にぶつかった。運動神経の悪い僕は、思い切り尻餅をつく。


 尻餅をつく直前、ぶつかった相手が青いネクタイを締め眼鏡をかけている事を確認。反射神経は自身ないけど(あればぶつかっていない)、この男が山崎だと尻餅をついたと同時に確信した。お尻をさするフリをして尻ポケットに入れていた、アレを指先につける。


 そして放り出されたBOXを取る動作と共に、彼の右の靴、かかと部分にそれを塗り込んだ。無色透明のジェルで、立った状態でそれが塗られている事を見抜くのはほぼ不可能だ。仮にそれを確認出来ても「ガムのようなものがついている」ぐらいの認識しか持たないはず。

 

「すまんな」


 男は一言だけ残し、そそくさとその場を離れた。


「ふ~」


 思わずため息をつく。「歩く足には棒当たる」ということわざがあるけど、今の僕は立ったままであちらから当たってきてくれた。こういうラッキーもあるものだ。


 美蘭さんのつぶやいていた特徴にピッタリだったし、あの人が山崎さんで間違いないはず。


 彼の靴に塗ったジェルは市販されている無色透明のものに、ある物をなじませたものだ。詳細は言えないけど、一定範囲でパルス信号を飛ばしてくれるアイテムだ。


 ナノテクノロジーという程でもなけど、僕が実験で作ったもので定期的に電波を発するものがジェルの中に無数に入っている。1つ1つは微弱な電波しか飛ばせないけど、お互い干渉する事で半径100mぐらいなら電波を飛ばせる。


 そして僕のスマホで、その発信源をチェックできる。山崎さんに僕だけがわかるGPSをつけたイメージだ。美蘭さんの独り言によれば、彼は近いうちに何かしらのアクションを起こすはずだったが……。


 その時は意外と早く訪れる。


 警察本部を出て、近くにある公園でベンチに座り本を読んでいた。あの制服のままなのは、この出で立ちが役に立つ可能性があるとふんでのこと。


 ふと、僕のスマホが警告音を発する。対象が外に出た時になる音だ。ここで登場するのはこれ。直径13cmのドローン。


 山崎さんに塗ったジェルから発する電波を自動追跡するよう設定してある。太陽電池の補助もあり、メイン動力となるリチウムイオン電池と合わせて6時間は連続飛行できる優れものだ。もちろん僕の自作。


 子どもの頃から工作が好きで、いろんな電子機器を分解しては別のものに作り替えてきた。小学生の時にはサウンドセンサーに音声認識プログラムを組み込んだ貯金箱を製作。ランダムで小銭を入れても、音のデータからいくら投入されたかを判別。現在中に入っているお金の総計をデジタル表示する貯金箱を作った時は、学校中の先生・生徒を驚かせたものだ。


 ドローンから対象のズームアップ映像データも僕のスマホで受信できる。山崎さんは車で移動している。どこに行くのかと思っていたら……事件の起こった学校に向かっているようだ。


 その学校は美蘭さんの一人娘であり、僕の幼なじみでもある凛の通っている学校だ。実は凛も「あの事件には何かある」と直観でにらんでいた。母親の美蘭さんも何かに感づいていた。僕だけはニュースの通り、警備員が教師を殺したものとばかり思っていた。


 この母娘には、僕が持っていない独特の感覚をもっているようだ。そんな事を思いながら僕はタクシーに乗り込み、運転手に凛の学校へ向かうよう指示した。運転手が少し不審な顔をしたのは、僕がUber Eatsの制服を身につけていたからだろう。


 ふとLINEの通知音。凛からだ。


「事件につながりそうな情報をゲットしたわ。今から学校に行く。先に戻ったら、コーヒーの準備でもしておいて」


 え? 凛も学校に向かってる? どこでそんな情報を? 胸騒ぎが音を立てているかのごとく体全身を駆け巡る。


 すごく嫌な予感がする。そして、その予感は当たりそうな気がしてならない。


「ちょっと待って! 今、事件につながるものをこちらも追っているんだ。凛は危ないから学校へは近づかないで!」


 メッセージを送信した直後に後悔する。「するな」と言われたら「する」のが凛。それを知っていたのに、どうして僕は……。

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