第8話 憧れの王子は心配
カアァン!
剣同士が響き合う音が訓練場に広がる。
私たち護衛騎士は任務がないときは訓練をしている。
ここ王城の訓練場をお借りできているのは、レオポルド殿下の計らいだ。
「どうした! 動きが鈍いぞ!」
リーダーのヴィクトールさんは厳しい人だ。
訓練だって全く手を抜かない。
その厳格さがあってこその、私たち護衛騎士の強さだ。
しかし今日は月の障りで、今朝から身体が重い。
私は脂汗を浮かべながら、なんとか足を踏ん張った。
「騎士たるもの、体調管理も仕事のうちだと思え! 護衛中に体調が悪かったでは済まされんぞ!」
ヴィクトールさんの言う通りだ。
これが護衛中であれば言い訳はできない。
それにこのあと殿下と森に出かける約束をしている。
なんとか立て直して、今回は奥に行く前にお止めしなければ。
グッと足に力を込めて、出来うる最速でヴィクトールさんを翻弄する。
痛むお腹を押さえ、速度が落ちないように気を張った。
そして斜めから突進して、斬りかかる!!
――としようとした瞬間、急激な目眩に襲われた。
足がもつれる。
もうヴィクトールさんの目の前まで来ているのに、剣を持つ手に力が入らない。
ヴィクトールさんの剣が私目掛けて、振り下ろされようとしていた。
――ガキィィンッ!!
目の前で金属が勢いよくぶつかる音が聞こえて、チカチカと星が見えた。
そして勢いを落とせず、誰かの背中に顔からぶつかる。
「ぶっ」
あれ……? この背中、前にもどこかで……。
――バートランド殿下だ!
「お前はクルトの顔色が見えないのか」
珍しく怒っている殿下の声音にビクリと震える。
ヴィクトールさんも焦った様子で剣を引いた。
「殿下……。私もまさか剣で叩こうとまでは考えておりません。ただ騎士として鍛えていただけです」
剣を腰に納めたヴィクトールさんは、丁寧に弁明する。
その通りだ。ヴィクトールさんは稽古を付けてくれただけで、力を出せない私が悪い。
「ここまで体調を崩しているのに、無理にやっても意味がないだろう。今日はオレが預かる」
そう言って剣を収め、くるりと振り向いた。
まだ状況が飲み込めない私は、ぽかーんと口を半開きにしてそれを見ていた。
すると殿下は私を横抱きにして、連れて行こうとする。
まだ目眩がしている私は、声すら出なかった。
そこにサブリーダーのダニーロさんが出てきて、殿下を止める。
「お待ちください。確かにヴィクトールはやり過ぎでした」
ダニーロさんのその言葉に、ヴィクトールさんが「エッ」と変な声を上げた。
でもそれも構わず、ダニーロさんは続けて殿下に訴える。
「しかし騎士ごときが殿下に看病していただくわけには参りません。クルトは私が……」
私に手を伸ばそうとしたダニーロさんをすり抜け、殿下は目だけを向けた。
「……任せられるか」
そう言うと殿下は私を抱いたまま、先輩騎士たちに背中を向けて歩き出した。
(嗚呼、なんて情けない……)
「殿下、ダニーロさんがおっしゃる通りです。私が殿下にお世話になるなど恐れ多いことです。それに私汚れていますし」
「気にするな」
私の訴えに少しも足を止めないまま、殿下は柔らかく笑って言った。
その声がとても優しくて、必死で奮い起こしていた意識はだんだんと遠のいていった。
*****
ぼんやり目を開けると、細かい模様が入ったオレンジ色の天井が見えた。
……頭が痛い。
でもお腹は暖かくて、さっきより痛みが和らいでいた。
……ん? さっき? なんで寝てるんだ?
ガバッ!
慌てて起きると、品のいいテーブルとワインレッドの長椅子、一人掛けのソファが目に入る。
見覚えがある。ここは殿下のお部屋だ。
しかも天井だと思っていたのは、ベッドの天蓋。
私は殿下のベッドに寝かせられていた。
お腹には魔法で温めたクッション。
触ったこともないふかふかのベッドに寝かせられ、肌触りのいい毛布までかけられている。
私はサーッと青ざめ、すぐにベッドから降りようと毛布を捲った。
「まだ寝ていろ」
天蓋のカーテンのすぐ横で、殿下は紅茶を片手に本を読んでいた。
「申し訳ありません。騎士の分際で殿下に看病していただくなど。ましてや殿下のベッドで寝るだなんて、騎士失格です」
「気にするな」
「そういうわけには参りません! あってはならないことです。午後だって森へお伴する約束もしていたのに……」
「それなら心配ない。本を読んでいたら、夢中になっていたところだ。午後の約束は取り止めにする」
殿下は私のことを心配してそう言ってくださっているだけだ。
冒険を楽しみにしていたのは殿下だし、殿下のお相手を申し出たのは私の方なのに。
「オレがそうしたいんだ。それにクルトは充分立派な騎士だ」
「え……」
「女性でありながら、オレが認めるほどの強さを持っている。どれだけ努力してきたのかも想像に難くない。だが男だって病気になる時くらいある。ましてや女性の身なら尚更負担がかかるだろう。体調が悪い時にまで無理はするな。休んだところでお前の優秀さは少しも陰らない」
「へ……認め……え……」
今のは……聞き間違え……?
殿下が私の強さを認めてくださっていた……?
そんなの……信じられないくらい嬉しいッッ!!
他でもない殿下に認めていただけていたなんて、私はこのまま死ぬんだろうか。
「なんだ。まだ納得しないのか?」
そういうと勘違いした殿下は、力強い手で私をベッドに押し倒した。
そして毛布を首までかけられる。
再び殿下のベッドに寝ることになってしまった私は、慌てて声を上げた。
「殿下が言ってくださったことは、私の人生の中で何よりも嬉しいことです! しかし、それでも殿下のベッドに寝るなどできません」
「気にするなと言った筈だ」
ギシッとベッドが音をあげると、殿下が私の隣に腰掛けてきた。
「これでオレも休める。何もしないから、安心して寝ろ」
私がベッドを占領しているせいで、殿下が寝られないことを気にしていると思っているのか、この方は!!
ベッドの上。しかも殿下があまりに近くて、心臓の音が鳴り響く。
これじゃあ殿下のベッドじゃなくたって、眠れない。
「二度と無茶はするな」
殿下のゴツゴツした手で、サラリと私の髪を撫でた。
ドキドキするな、私。
この方は天然のタラシゆえこんな甘い行動をされているだけで、きっと他意はない。
しかもこの方がお好きなのはお嬢様。
私はあくまで騎士として、殿下のお相手をしているだけ。
これ以上望んではいけない。
望んではいけない。
「ところで……どうして私を殿下のお部屋に連れてきてくださったんですか? 救護室でもよかったのに」
私の問いに数秒の沈黙を作ったあと、殿下は口を開いた。
「……オレにも分からん」
そう言って、殿下は困ったように頬を掻いた。
分からんって……つまりそこもタラシゆえの直感ということか。
「ドレスもお持ちでしたしね。誰にでもこういうことをなさるのですか」
私からは呆れたような低い声が出た。
でも殿下はまだ分からないと言った顔で、答えた。
「あれはこのアパルトメントに用意してあるやつだ。オレのではない。それに誰でもベッドに寝かせるようなことはしないぞ?」
ブワッと顔が熱くなった。
てっきりご令嬢が頻繁に訪ねてお着替えなさるようなことがあるのかと思っていたら……。
アパルトメントの備え付け。
なんという勘違いを。
「そうだな。クルトをこの部屋に連れてくるのは、残りの時間が少ないからかもしれないな。できるだけ近くで看てやりたかった」
「え……それは、どういう?」
「1週間後に帰国が決まった。条約の締結も終わったところだ。元々この国で妃が見つからなければ、帰って他国の王女を娶ることが決まっているからな」
「え!?!?」
そうだ。殿下は隣国の王子だった。
いつかは本国にお帰りになることも分かっていた筈だ。
しかしそれでも、1週間なんてそんなすぐ……!!
それに他国の王女を娶るだなんて、そんな!
殿下はお嬢様がお好きなのに……。
「だからそれまで宜しくな」
ニッと笑ってみせた殿下は、これまでで一番寂しそうだった。
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