第6話 憧れの王子は寂しい?

 お嬢様に付き添い、城の庭園の一角でレオポルド殿下をお待ちしている。

 そこに約束の時間ぴったりに、レオポルド殿下がいらした。

 ただその表情は曇っている。

 

「ニクラウスの裁判の日取りが決まったよ」


「そう、ですか」

 

 レオポルド殿下からの情報に、お嬢様の表情が陰る。

 ニクラウスはレオポルド殿下を殺そうとした犯人として、現在拘留されている。

 その裁判の日取りが決まったらしい。


「辛いかい」


「いいえ、証言できるのはわたくしだけですもの。わたくしがやらねば」

 

 毅然と顔を上げたお嬢様だけれど、レオポルド殿下が騙されることはないだろう。

 優しくお嬢様の肩に手を添え、隠した胸の内を慮る。

 

「リズ、無理しなくていいんだ。ニクラウスはリズの師匠だ。僕にだけは弱音を吐いたっていいんだよ」


「いいえ、ニクラウス……はレオ様の命だって奪おうとしたんです。罪は償っていただかないと」


「うん」

 

 まだ毅然とした態度を崩さないお嬢様を嗜めることなく、レオポルド殿下は次の言葉を待った。

 お嬢様から話してくれるのを待っているようだ。


「ですからわたくしが証人として、はっきり法廷で証言いたします。……でも、少しだけ、今だけ……甘えても宜しいですか」


 お嬢様が甘えられるのは、レオポルド殿下だけだ。

 いつも侯爵令嬢として、今はレオポルド殿下の婚約者として、その凛とした佇まいを崩すことはない。

 でもそのままではきっといつか崩れてしまう時もあるだろう。

 

 ニクラウスはお嬢様にとって、尊敬するお師匠様だった。

 そんな方が愛するレオポルド殿下を傷つけたのだから。


 更にニクラウスを法廷で断罪する立場であるお嬢様。

 お嬢様のお辛さは私には計りかねない。

 

 レオポルド殿下はお嬢様の背中に手を回して、お嬢様を慰めた。

 今のお嬢様にはレオポルド殿下の手が必要だ。

 

 必要だ……ということは頭では理解している。

 それなのに。

 お嬢様を優しく慰める心温まる光景の筈が、なぜか私の胸を抉る。

 お二人の仲が睦まじいほど、バートランド殿下が傷付く気がして。

 

 もう見ていられなくなった私は、視線を逸らした。

 建物の方へ顔を逸らした私は、誰もいないと思っていた2階の窓の人影に気付く。


 赤い髪に高い背丈……。

 ぁ……あれはバートランド殿下!

 

 バートランド殿下は窓に手をやり、お嬢様を抱きしめるレオポルド殿下を見て固まっていた。

 その切なそうな表情に私は息が詰まった。

 まだお嬢様を完全には諦めきれてはいないバートランド殿下に、この光景は無理だ。

 レオポルド殿下だってそれを分かって普段は、あまり人前では触れ合おうとはしなかったのに……。

 ああ、胸が痛い。

 バートランド殿下はすぐに踵を返して、この光景から目を逸らした。

 

「クルト、護衛が長時間お嬢様から目を逸らすな」

 

 私はサブリーダーであるダニーロさんの声に、肩を跳ねさせた。

 申し訳ありませんと一言謝り、お嬢様に視線を戻した。


 *****


 翌日私はシャツを返しに、殿下が泊まるアパルトメントを訪れた。

 侍女に取り次ぎをお願いすると、もう出かけた後のようだった。


「バートランド殿下なら、二人のご令嬢とお茶した後、出かけられましたよ」


 今日も相変わらず社交性を振りまいておられるようだ。

 侍女はどこに出かけたかまでは知らないらしい。

 アパルトメントの衛兵に行き先を知らないか聞いてみる。


「バートランド殿下ですか? 二人のご令嬢と入れ違いで三人のご令嬢がいらして、バラ園に行くと話しておられましたよ」


 衛兵にお礼を言って、王城内のバラ園に向かう。

 歩きながら、あっと声を上げた。

 アパルトメントの侍女にシャツを渡せばよかったと気付いたけど、もう遅い。

 すでにバラ園の方が近い。


 バラ園の近くまで来ると、三人のご令嬢とすれ違った。


「バートランド殿下、今日も素敵でしたわねぇ」

「ええ。わたくし今日も髪型を褒めていただけましたわ」

「なんでも殿下は婚約者を探しておいでだそうよ」

「ええ!? わたくし、もし選ばれたらどうしましょう」


 すれ違うとき横目でご令嬢たちを見ると、殿下の噂話に花を咲かせていた。

 皆一様に頬をピンクに染めて、弾む口を手で押さえている。


(さっき殿下とバラ園に行ったというご令嬢たちだろうか?)


 バラ園を歩いてみても、殿下は見当たらなかった。

 さっきのご令嬢たちも帰ったところだったし、もう殿下もいらっしゃらないか……。


 諦めて城門まで歩いてくると、ご令嬢の人垣ができていた。

 そして予想通りその真ん中で、一つ飛び出る赤い髪を見つけて、思わずため息が出る。


「キャロライン嬢、また君に会えて嬉しいよ」

「わたくしもお会いできて嬉しいですわっ!」

「ドロシー嬢、そのリボン似合ってるな。可愛いよ」

「ぁ、ありがとうございます。バートランド殿下に見ていただくために買いましたの」


(あれ……? なんだろう。いつも通りの甘い言葉なのに、なんだか寂しそう?)


 いつもの凛々しい笑顔なのに、どこか物足りなさが滲んでいるように見えた。

 周りのご令嬢たちは全くそれに気づいてない様子で、姦しく殿下に話しかけている。

 

 私はいても立ってもいられなかった。

 早足でご令嬢の群れに近づいて、殿下に声をかける。


「お話中申し訳ありません。バートランド殿下、ちょっと宜しいでしょうか」


 一人のご令嬢が扇子で口を隠し、私を睨みつける。


「まあ、貴方。ここにいらっしゃるのは皆高位の貴族。王族である殿下と、これだけのご令嬢との会話に割って入るなんて無礼ではなくて?」


 このご令嬢が仰るのは最もだ。

 一介の騎士が王族と貴族の会話を遮っていいはずがない。

 でも……。


「まあそう怒らないでくれ。きっと訳があるんだ」


 悪いのは私だ。

 それでもそんな私を殿下は庇ってくださった。

 殿下に言われ、私を叱ったご令嬢も溜飲を下げた様子。


「……はい。ま、まぁ緊急の伝達事項なら、しょうがないですわね」


 ご令嬢は私を一瞥したが、殿下の手前それ以上は何も言ってこなかった。

 他のご令嬢方もいい気分はしないだろう。

 そんなご令嬢たちに殿下は「ではまたな」と一言挨拶だけして間を抜ける。そして私に着いてきてくださった。


 角を曲がり、落ち着いて話ができそうな場所まで来る。

 すると殿下はその高い背を屈めて、私を覗き込んだ。


「それで……どうした?」


 ……はっ、どうしよう。

 咄嗟に呼びかけてしまったが、緊急な用事があるわけではない。

 せっかくのご令嬢との会話を遮ってまで、声をかけたのに何もないでは済まされない。


「〜〜っ、えっと……その、申し訳ありません! 殿下があまりにお寂しそうな顔をなさっていたので、つい声をかけてしまいました! 私の用事はシャツをお返しするだけで……」


 頭を下げて言い訳もできず、最後はごにょごにょと語尾を濁す。

 殿下の会話を遮っておいて、大した用事がないなど、もはや不敬だ。

 お叱りを受けて当然。


「ぷっ……ははははは!」


 てっきり不快な顔をされるかと思っていたのに、聞こえてきたのは笑い声だった。

 しかもなかなか笑い止まない。

 堪えきれないといった様子で、目尻に涙まで浮かべて笑っている。


「あ、の……殿下?」


「くくく。そうか。お前はオレを気遣ってくれたんだな」


「いえ! その……」


 一頻り笑い終わった殿下は目尻を下げて、上がる口角を手で隠した。


「そんなに寂しそうに見えたか……」


 困ったような、恥ずかしいような、そんな笑顔。

 もしかして本当に寂しかったのだろうか。


「この間クルトがオレの代わりに、泣いてくれたからかもしれないな」


 殿下は私の前髪を指ですいてから、クシャリと頭を撫でる。

 暖かくて大きな手に、心が強く惹きつけられた。


 私が泣いたから、寂しい……?

 では私が寂しさを埋めて差し上げなくては!


「殿下が寂しいのでしたら、私がお相手致します! 剣の相手でも、おしゃべりでも、街への付き添いでも」


 は……!

 あれだけの数のご令嬢を相手に、寂しさを滲ませていたのに、私如きで何ができるというのか。

 それにこれではまるで、デートに誘ってるみたいじゃないかッ!

 言い終わってから表しようのない恥ずかしさが込み上げてきた。


 そんな私を見て、殿下は無くしたピースを見つけたような満面の笑みを湛えていた。


「クルトは優しいな。では今度オレと冒険にでも付き合ってくれるか?」

 

 私の申し出を一蹴することなく、受け入れてくれた殿下に胸が弾んだ。

 下がっていた肩が跳ね、前のめりに返事をする!


「はい! もちろんです! …………冒険、ですか?」


 快諾してから、冷静になった。

 まるで子どもの夢物語のような物言いに、現実感が湧かない。

 これはもしや揶揄われたんだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る