ソロ狩り

霜月かつろう

第1話

 スフィンクスの周りをぐるぐると走り回る。砂漠で足は取られやすく動きに集中しなくてはすぐに追いつかれてしまう。画面に表示されているスタミナゲージを気にしながら敵の動きを読まなくてはすぐに攻撃が当てられてしまう。そんなことを考えていたらくしゃみが我慢できなくなって空気を一気に体内から放出する。そうしている間に攻撃を受けて自分の分身ともいえるキャラクターが崩れ落ちていくのを見た。

 ふう。

 ため息をつきながら握っていたコントローラーをテーブルに置いた。集中力が続かなくなったのは年齢を重ねたのが原因なのかそれとも普段の仕事の疲れが溜まっているからなのか。それすら判断付かなくなったのはいつのことからだろうと考えてしまう。

 一昔前から新作が出るたびに買い続けている人気シリーズの最新作だ。期待もしていたし、気合も入っていた。

 それなのにだ。

 いまいちゲームに集中できないでいる自分を自覚して大人になったのだと割り切ることが出来たらどんなに楽なことかと思う。

 立ち上がろうとして同じ姿勢が続いていたせいか体が上手く動かないことに微妙にショックを受けながらも部屋の隅に置きっぱなしにしてある小瓶を手に取って元の場所に戻る。

 フランキンセンスは誰が置いていったものかはもう忘れてしまった。大学時代から同じ部屋で一人暮らしを続けているとそうなってしまう。引っ越しをするタイミングはあったと思うのだが逃してしまった今は億劫で仕方がない。

 時折、小瓶の蓋を開けては匂いで当時を思い出しては残滓を引っ張り出しては消えない様にしている辺り、そんなに未練が大きいのかと自分でも突っ込みたくなるが、ここで集まってゲームを寝る時間を惜しんで遊んでいた日々は帰ってこない分、強く残り続けているのだから仕方がない。言い訳がましくそう自分に言い聞かせる。

 そして少しでも当時の状況に使づけようとこうやって時折、匂いを漂わせているのは周りから観たら気持ち悪いと言われても文句は言えないと思ってすらいる。

 余計なことを考えない様にするための匂いだ。コントローラーを再び握りしめるとリスポーンしていた自分の分身を動かし始める。

 すると匂いで集中力が増したのか、今度は無事に神霊と呼ばれる討伐対象を倒すことが出来た。

 しかしだ。ソロでクエストをクリアする感覚はどうしても盛り上がりに欠ける。必死になって協力していた日々に比べてどうしても達成感が足りなくなる。

 いやだな、昔ばかり思い出してしまう。考えても仕方のないことなのに周りにあるものが昔に結びついていて記憶が引っ張られてくる。

 不意にスマホが一回震えて、仕事かと思ってびくついてしまう。いやいや、流石に休日出勤はしたくないですよ。おそるおそる震えているスマホを手に取る。そこには機種変してから表示されなくなったグループ名がSNSから通知が来ていて、慌てて認証を済ませ画面を開く。

『最新作やってるんだけど、みんなでやって時にした匂いってなんだっけ』

『なんだっけ。だれかが持ってきた香料だよね。集中できるから使おうってやつ』

『あれないとうまく行かない』

『わかるー。あれないとなんか物足りないんだよね』

 なんだ。意外と自分だけではないのか。

 ここにその匂いがあることを少しだけ誇らしく思いながら、昔のワクワクが取り戻されていくのを感じた。

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ソロ狩り 霜月かつろう @shimotuki_katuro

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