1幕 演劇旅団レオニア

人魔終戦記念日じんましゅうせんきねんび

それは一千年に渡る人族ひとぞく魔族まぞくとの間に起きた争いに決着がついた日。

人々は平和を歌い、勇敢を語り、発展を踊る。

十年ほどの歴史を持つ記念の日。

その日は歌と踊りを肴に酒飲み語り合う。それが人魔終戦記念祭じんましゅうせんきねんさい

十年、人々は復興の喜びを感じ貧しさに嘆きながらも、力強く生きようとしていた。


それはイーラの住む小さな街も変わらない。

街が歌い、踊る。

祝福するような青空の下、旅人のヴェルが一人浮かぬ顔で歩みを進める。


「あの日から今日で十年」


嘆息が絶え尽きない。


私は何をしたいのだろう…。

戦争に負け、最愛のものを亡くし、なお何かと触れ合いたいとでも思っておるのか。


うれい、かなしい姿の旅人の耳にも、祭りのにぎわいの一つを作る明るい声が飛び込む。


「お、どーも。あ、こっちも、まいど!さんきゅーなー!」


軽い調子の声の持ち主の後ろに旗が風になびいている。


―劇団レオニア公演中!


「劇団か。このような田舎の街に。珍しい」


祭りの騒めきにあてられ、ヴェルは一層深い溜息をついた。

その思いに反し、先程の明るい声が再び手向けられる。


「ん?へい!そこのにいちゃん!」

「…それにしても、騒がしい…」

「おいおい!にいちゃん!」


さらに大きく。


「にいちゃーーん!」


思いっきりの声にヴェルの視線が動く。

射止めた先には、人懐っこそうな旅芸人たびげいにん

二人の瞳、ヴェルの赤と旅芸人の紫が交錯したところでようやく。


「…ふむ。私のことか?」


繋がる。


「おぉ!やっと気づいたか。そうだよ、にいちゃん」


歩みを止めたヴェルの元へ旅芸人は嬉しそうに駆け寄る。

悪戯いたずらが好きそうな雰囲気。


「でっかーな大男が、なんかすごーい思い詰めた顔してるから気になってな!」


見透かしていたのか。

ただの思い過ごしか。

自分でさえ気づかぬことを旅芸人は言い当てる。


「そのような顔を、しておったか?」

「そうよ!こんなに明るいおてんとさんと記念祭!なんてハッピーな日なんだ!」


おどけたように応じる旅芸人。


「ってところに、すんげーブルーな顔して歩いてるから、ますます気になっちまったのかもな!」


自分で言って納得しているのか、うんうんと頷いている。

今日の天気を象徴しょうちょうするような笑みにヴェルは自分の中にある影を再認識させられた気分だった。

自然と声のトーンも落ちる。


「すまぬ。暗そうで。生憎あいにくそういう性格なのでな」


深く、暗い影。

いつまでも身にまとわりつく。

晴れることなどない。


ふーん。


「ほんとかー?祭りに誘ったガールにおことわりされちまったんだろ?」


突き抜けるように明るい冷やかし。

誰が聞いてもそうとわかる言葉に、ヴェルは答えない。

それを怒りと受け取ったのか。


「わりいわりい!そーりーそーりー。怒るなって」


まるで悪気がないように謝りを入れて続けた言葉は。


「にいちゃん、名前はなんてんだ?」

「…なぜ言わねばならん」


しかし旅芸人めげない。食い下がる。


「いいじゃねーか!何かのよしみだよしみ!俺は役者のオレンドだ。よろしく!」


立ちふさがる。

はい、握手。

求められた手を一瞥いちべつして。


「…ヴェルという。旅人だ」


手は出さない。

オレンドと名乗った旅芸人は手を空へと切らせてから、なおも表情をゆるめた。


「おぉー!くーるな名前じゃねーか!ヴェルー!」

「やめろ、絡むな」


ヴェルー、ヴェルーと犬のようにまとわりつくオレンドをヴェルが軽くにらみつける。

それでも人懐ひとなつっこく笑みを向けて。

一つうなる。


「んー。なんか、ヴェルとは初めて会った気がしないんだよなぁ」


どこで会ったっけ?

軽快けいかいに笑いながらヴェルの顔をまじまじと見つめる。どうも考えてるようには見えない。


「私は全く思わん。…冷やかしだけなら私はおいとまさせてもらうぞ」


全く、に思わぬ力が入ったヴェルはオレンドの横をすり抜けようとする。

とどうだ。

唐突とうとつにオレンドはその場に屈みこんだではないか。


おーいおいおい。


「そんな冷たいこと言うなよ!演劇、見てってくれよー!」


おーいおいおい。


まるで子供の泣きまねだ。

段々周囲の視線を感じるようになってくる。

この旅芸人はそれも楽しんでいるようだった。


「…演目はなんだ」


ぱっ。

オレンドは立ち上がって、朗々と演目を歌い上げる。


「うちの劇団の新作!―魔城まじょうの姫君―!魔王に恋した姫様の話」

「断る」

「即答!?」


間髪入れずに拒絶の言葉を口にして。

両手を広げいしれているオレンドの横を通り抜け、ヴェルは足早にその場を去ろうとした。

だがしかし。


「おいおい、待てよゔぇーるー」


追いつき、オレンド。


「…すまぬが興味がない」


去る、ヴェル。


「ゔぇえええるうう」


がし。


「ゔぇえええぇえぇぇえるうううう」


ずるずる。


長身の男にすがりついて泣き出す男の図。

これは何事かと集まる好奇こうきの目。

子供が二人を指さし、母親に怒られているのを見て


「わかった、わかった。わかったわかった。見る、見るので離れろ」


珍しくヴェルの表情が動かされる。

その犯人の顔がくるりと変わる。

パチン、と軽やかな指鳴りの音が青空に広がっていく。


「おおし、そうこなくちゃ。いいやつだなぁヴェルは」


一名様ごあんなーい!


仰々ぎょうぎょうしく右手をテントの方へと向け、一礼する。

これではダンスに誘われたレディだ。

レディというには、ほど遠いヴェルは大きく溜息ためいき

打って変るはさそいをかけた紳士、オレンド。


「はっはっは!不貞腐ふてくされんなって!幸せが逃げてくぞー!のーのーあんはっぴーあんはっぴー」


さあさあ。

あまりの勢いにうながされるままにヴェルは歩みを進めるしかなかった。


「楽しい楽しい演劇の世界へいってらっしゃーい」


現実で最後に聞こえたのは、明るく手を振るオレンドの声。




テントの中は異世界。

薄暗く落とされた照明の中で、明るく照らされた舞台。


繰り広げられるは、魔城まじょうの姫君。魔王に恋した姫様のお話。

魔王が最後の戦いにおもむくお話。


きらびやかで、時にはかなしみを舞台が語っていく。


魔の地にて。

人間の姫が、魔の王にすがる。


戦いにおもく魔王のそばから離れたくない、と。


しかし、魔王は近衛従者このえじゅうしゃに姫を託し、最後の戦いに赴く。

そして帰ってくることは、なかった。


待ち焦がれる姫に訃報ふほうが届き。

人の世になったとて魔王を愛してしまった自分は許されるものではないと姫自ら命を絶つ決意をする。


が、従者の支えによって、姫は命を救われる。

お腹に宿る新たな命と共に。

そうして姫は魔王亡き後、平和となった世を従者と共に見て歩くことになる。


最後に。

こうめくくられた。


「彼女たちに敵意はない。今こそ剣を納め、我々は次の時代へと踏み出さねばならぬ」


夢見心地の観客に、願いを託す。


「皆様もいつか魔王の子と出会ったとして、争いの火をくべることなきよう。魔王の子もまた、我々と同じ平和の世に生まれた命なのだから!」


まくがするすると降りる。

夢はおしまい。

観客によりパラパラと、次第にいつしかテントを突き抜けるかのごとく拍手に包まれた。


まだ熱を帯びた観客たちが口々に劇の感想を述べながらテントから青空の、涼やかな風に当てられる。

見送る演者に賞賛しょうさんが集う。


「はーい!おかえりなさーい!」

「とても素敵でしたわ。姫様のお子が幸せでありますように」

「ありがとー!さんきゅーなー!」


「本当によかったよ。どこか大きな劇場でも持っているのかい?」

「え?そんな!ちっちゃな劇団ですよ。あっはっは!」


「あ!お次の方もおかえりー!さんきゅーなー!」

「ありがとう!ねえ、お兄ちゃん、握手して握手」

「え?握手!照れちゃうなあ!」


オレンドは清々しい気持ちだった。

今日も観客が自分たちの演劇を楽しんでくれた。

そこへ。

一番最後に夢の世界へ送り出した観客が通り過ぎるのを見逃さなかった。

彼もオレンドに気が付いたようだった。


「…ふむ、オレンドか」

「おやー?ゔぇーるー!おかえりなさい!さんきゅーなー!」

「なんだその、おかえりなさい、というのは」


出てくる観客にかけられる「おかえりなさい」の言葉。

それがヴェルにとっては不思議だった。


「演劇の世界からおかえりなさい!って意味さあ!…ちょっと芝居がかりすぎかね!」


あっはっは。

オレンドはからからと笑う。

かと思えば次には大仰に驚いてみせる。


「おや?ゔぇる!泣いてるのかい!そんなに感動しちゃったのかい!?」

「…私が?泣く?」


つい、と頬に手をやったヴェルは確かにそこにある液体を感じた。


「お?生まれて初めて泣いたみたいなリアクションだな!」


涙。

まだあったのか。


「いや…私の涙は尽きたと思っていた…」


そう、あの日に全て失ってしまった。


「はっはっは!なんだあ!変なヴェルだな!いやー、なんかそうまで感動してもらえるとは、なんか、俺まで…」


ハンカチで目元を覆うオレンド。

肩が、震えていない。


茶化ちゃかすな。下らん芝居はやめろ」

「はっはっは!バレた?」


ハンカチの間からちらりと上目遣い。


「…オレンド、私はお前を気に入った。褒美ほうびとして一つだけ、感想を述べてやろう」

「およ!変わり者のヴェルくんから感想なんて!ぎぶぎぶ!聞いちゃうぜえ」

「死んだのは魔王ではなく、姫の方だ」


きょとん。


「…へぇ」


面白い答えだ。

彼なりの感想に、オレンドはこの男のことをもっと知りたいと思った。


「以上だ」


去っていくヴェル。


「なあ!」


走り寄ってきたオレンドの口から飛び出した言葉は。


「ヴェルは半魔はんまだろ?」


ほんの少し、寂しそうだった。


「…そうだ。なぜわかった。魔力は全て封じているはずだが」

「俺もそうなんだ。俺魔力全くないから、正直人間と魔族の区別は見た目くらいでしかわかんねぇ!…けど」


けど、と顔を伏せて次にヴェルに向けた顔からは寂しさが消えた。

いや、隠された。


「なんか、そんな気がしたんだ!はっはっは!運命の出会いってやつかもなー!」


運命。

そんなものがあるのかはわからない。

しかしそれがあるのかもしれないとも感じさせる。


「…ふむ、くだらん。私はもういく。客がそなたのことも待っておるぞ」


顎でくいっと差し示した先では、観客の何人かがオレンドのことを熱く見つめている。

オレンドが彼らのことに気づいたことがわかると、観客が手を振ってくるのが見えた。


「おぉ!わりい、んじゃ!またどこかで見かけたら、また劇を見に来てくれよ!俺達も旅芸人だからさ、どこかでな!」

「その時は新作を楽しみにしている」

「およ!そんじゃー、さんきゅーな!」


オレンドは駆け出す。

夢から帰ってきた観客たちを迎えに。

おかえりなさい、と。


その声を背に受け、ヴェルは喧騒けんそうを忘れぬ祭りの街中を歩く。

彼はまだ夢の中のことを思う。


…ロクシー。物語のように、私ではなく、もし君がこの道を歩いていたら、どう思うだろうか。

あの時、君の願いを聞いて、君のそばにあれば、まだ君は生きて私の横にいたのだろうか。

私がおらぬ魔王城で、君は何を考えて、何を願っていたのだろうか。


過行すぎゆく過去の記憶。


あの日から私の心は死に、付き従う仲間の声に奮い立つこともできず。

ただ我が軍が負けていく様を他人事のように眺めておった。

私までも亡者のようになり、ただ君の亡骸を眺め、気づけばあっという間に骨だけになった。

その間に世の中は様変わりし、今やどこを見ても人しかおらぬ。


人の世。

この賑やかさは人のための、もの。


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お読みいただきありがとうございました!

オレンドさんは、この1章、演劇旅団編の主役人物となる予定です。

可愛がってあげてください。


次は4月7日(水)21:00 更新予定です!

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