ただ君だけを、守りたいと願う
さぶろう&水稀乙十葉
街外れの一軒家編
プロローグ そして騎士は魔王となった
この世界には物質を
それぞれを
元素によって生きる者を人間と動物。
魔素によって生きる者を総じて魔族、と呼ぶ。
それぞれ、異なる大陸に暮らし、長きにわたり互いに干渉することなく暮らしてきた。
間に横たわる広大な海、それを「
しかし、1000年の昔、翼をもった魔族が海を渡り、
人の地へ訪れたことが発端で、長きに渡る争いの口火は切られた。
初めは、小さないざこざから。
いつしか、人も魔族も発展し、戦地では
人族は兵器を用いて戦い、
魔族は魔法を用いて抗った。
そして
ついぞ、10年の前。
その争いに終止符が打たれた。
魔の王は人の神に敗北した。
徹底して魔族は人に抗い、敗戦後も数を減らし、今や山や森の奥、
はたまた、人の下働きとして生きる道がある程度か。
魔の者の故郷である魔大陸も、次第に人の手により
王が住んでいた城へ、今にも手が届くか、というほどに。
世界は、戦後の復興と、戦争終結による
それは何も人族だけではない、同じように戦争に反対した魔族もまた、貧しいながらに平和を享受する。
その街の端。頃は夜。
街の
ゆるゆると街は眠りにつく準備を始めているのだが。
「ねえ、ばあば」
彼女はまだ眠れないようだ。
「なんだい、イーラや」
隣で老婦人が穏やかな瞳を彼女、イーラに向ける。
温かなベッドと眼差しを受けてイーラは
「あのね、眠くないから、今日もご本読んでぇ」
言葉とは逆に眠たげな甘い声。この時間になると決まって本を聞くことをねだる。
上目遣いで赤と金の二つの瞳が、ばあば―エリス―に向けられ。
「あらあら、もう十と一つになるのに、甘えん坊さんねぇ」
エリスの瞳が懐かしさで少し細くなる。
誰に似たのかしら、
ゆるゆるとエリスは古い本を1冊、手にして今か今かと眠たげな瞳を輝かせるイーラの隣に腰を下ろす。
「じゃあねえ、今日はこの本を読んであげようかしら」
このお話はね。
「ママが1番好きだった物語だよ」
「やったあ。どんなお話なの?」
イーラの瞳の輝きが増す。これでは眠れないかもしれない。
それだけ、ママが好きなのね。
本の表紙を開きながら、エリスはくす、と笑む。
綴られている物語は。
一万年前の真実。
ずっと昔の、魔族の王様のお話。
「どれどれ。昔々、魔族がまだ誕生していない遥か昔、人と神の時代に
イーラは小さく、せいせん、と胸に刻んだ。
それだけで胸が熱くなるのはどうしてだろう。
「その時代では、 権力と
大きく分かたれた世界。そこにあったのは。
「そしてギルディの信者たちは、たびたびイルミアの信者たちから財産や権力を奪いましたが、イルミアの信者たちは抵抗をしませんでした」
生まれた感情が小さな口からこぼれ落ちる。
「かわいそう」
同時に、イーラは愛らしい真っ直ぐな瞳をエリスへむける。
「イルミアの信者たちはどうして抵抗しないの?」
生まれる好奇。
どうして、それはイーラの根源だった。
やはりこの子は。
エリスは懐かしさを覚えながら、ゆっくりと答えをもたらす。
「そうねぇ。どうしてだろうねえ。」「えー。」
不満そうに、あるいは思いを巡らせるかのように、イーラは整った眉を寄せる。
うーん…。
奪われる、悲しみを知っているのね。
イーラの様子を見てエリスは安堵する。きちんと育っていますよ。
考えるイーラをひとしきり待ってから、エリスは続きをイーラへと語っていく。
「騎士ヴォルカスは信心深いイルミアの信者であり、騎士であったそうな。しかし、なぜ自分たちだけ奪われなければならないのか、不思議でならなかった」
続く物語に、イーラは目を閉じた。すっかり虜になっているようだ。
「そこでヴォルカスは神に問いかけました」
イルミア様、なぜ我々は彼の者達を愛さねばならないのですか。
その声に答えをもたらすものはなく。
ヴォルカスはもう一度声を重ねる。
イルミア様、なぜ我々は彼の者達を…愛さねばならないのですか。
「やっぱり、神は何も答えません」
耐えかねたイーラが小さく身じろぎをしてエリスへ尋ねる。
「神様はどうして答えを教えてくれないの?」
「それはね、きっと自分で考えないといけないことだからよ」
エリスはさらりと返す。
「えー。うーん…。」
そう、考えて。あなたの力で。
11歳には難しいかもしれない。
でも、考えてほしかった。感じてほしかった。だから答えはもたらさない。
「わかんない…」
わからないと、まだ懸命に考えているイーラ。
閉じたまぶたに長いまつ毛の影法師がゆらゆらと踊る。
「来る日も、来る日も、ヴォルカスは神に問い続けました」
今のイーラのように。
どうして、どうして。
その答えが出ないように
「神からの言葉はありませんでした」
「ある日ヴォルカスは神殿に来なくなりました。彼は最後の晩、神にこう問いかけました」
イルミア様、なぜ我々だけ、奪われ続けなければならないのですか。
神は答えない。
最後の問いにも。
得られない答え。イーラも物語の一人に心を寄せる。
「その日ヴォルカスは魔に落ちました」
どうして。
イーラの心は次に語られた物語の言葉に彩を変える。
「それからヴォルカスはあちこちで苦しむ人々を魔の力で救い、あっという間に魔族の仲間をこしらえました」
「すごい!」
イーラの小さな体が布団の中で嬉しそうに身じろぎした。
ランプの灯しがちらりと姿を変える。
「きっとすごい強い騎士様だったんだろうねえ」
「かっこいいね」
エリスへ向かうイーラの眼差しははきらきらに輝き、太陽のそれと化す。
エリスは興奮冷めやらぬイーラの頭を数回撫でて物語の続きを、夜の安息へと向けて語りだす。
「強欲なギルディはヴォルカスにこう持ちかけました」
ーイルミアの信者を魔族に変えよ。
ーさすれば我が貴様らの
過去の約束。
その行く末は今の歴史が知っている。
従わぬは
望まない約束、いや
「ヴォルカスは仕方なく誘いに乗りイルミアの信者を次々と魔に落としていきました」
望まなかった。
彼は望まなかったのだ。
「そして、多くの者が魔に落ちた頃、ギルディは自分の信者たちにこう言い放ったのです」
ー信者たちよ、イルミアとヴォルカスを
ー奪え!己と家族と、その
イーラの瞳が曇る。いつも愛らしく微笑む唇が硬く結ばれる。
物語はそれでも無慈悲に続いてく。
ー愛や慈悲で飯は食えぬ!誰が貴様の明日を決めるのだ。
ーそうだ、紛れもない、貴様自身だ。
ー数多くのものが魔に落ちた。なんと嘆かわしい。
ー彼らはいずれ我々、いや、貴様の血族に刃を向けるであろう。
ー愛はいずれ憎しみにかわる。
ー止めねばならぬ。我らが
「ギルディの信者たちは皆、手に武器をとり、イルミアの信者とヴォルカスの仲間たちを殺し回りました。多くの仲間を失ったヴォルカスは
許さぬ、ギルディ。私の愛する仲間たちを…。
物語の中の騎士は
一人で何千、何万もの敵の兵士を
怒りに任せ、血に濡れ、恐怖にまみれ。
どれほどの人を斬ってきたのか。
「そしてある時、戦いの最中ふと気づいたのです」
私が斬り捨てた者たちは、誰なのだろうか。
誰と共に暮らし、誰のために戦っているのか。
物語の騎士とイーラは考えた。
愛とは。
彼らにとっても愛とは何なのか。
憎しみとは何なのか。
イーラは何もかもわからなくなりそうだった。
すぐにでもその小さな体を物語の中に投じたくなるほどに。
そして、物語の中の騎士は神に問うた。
イルミア様、私には愛がわからなくなりました。
憎しみもわからなくなりました。イルミア様、愛とはなんなのでしょうか。
はたして。
ついに神は答えた。
ただ静かに。
ー私にもわかりません。ただ
「イルミアの加護を受けたヴォルカスは敵を殺すでもなく、それぞれの国の間を真っ二つに割りました。それが今に残る
エリスは、小さくため息をついた。
隣では物語ではなく、夢の世界と現とを
「こんな本でも寝れるのね。あなたのママにそっくりね」
本当に。
「それで…ヴォルカスは…どうなっ…たの??」
今は現。
「ヴォルカスは、世界に溢れる争いの気を根こそぎ吸い取って、憎しみと破壊の神になりました。その日、世界に魔王が誕生したのでした」
物語は夢。
「王様になったのね…ヴォルカス…よかった…ね」
イーラは夢の
小さな寝息が広がっていく。夢の世界でも、イーラはその好奇の瞳を輝かせるのだろうか。
きっとそうなのだろう。
「おやすみなさい。」
エリスは微笑んだあと、すっと立ち上がり、
コーヒーを
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ただ君だけを、守りたいと願う
2021年1月より企画を立ち上げ多くの方にお世話になりました。
本当に、本当に、ありがとうございます!
また、この1章をお読みいただき、本当に、本当にありがとうございます。
第一部完結は6月を予定しています。是非それまでお付き合いいただけたら
本当に嬉しいです。
欲張りなお願いですが、
是非ご感想などいただけたら幸せです!
さぶろう&水稀乙十葉
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