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 カラック家が名家であったことはたしかだが、口さがないだれかが言ったように、今はかつての勢いを持たない旧家である。そんなカラック家に生まれたキャメロンの幼少期はそれなりに幸せだった。父親は少々頼りないが、のいい母親が家を切り盛りして三人でごく普通の暮らしをしていた。


 それがおかしくなったのは母親が病気になってからだ。キャメロンの母親はハーレムを「肌に合わない」という理由で持っておらず、従ってキャメロンが父親と呼べるような男性はひとりだけであった。今思えばそれがよくない方向に働いてしまったのだろう。


 病を得た母親は、一生をこの病気と付き合わなければならないと宣告された。甲斐性がなくうだつの上がらない父親の稼ぎでは、どうしようもならなかった。


 そんなところに付け込むような男たちがわんさと現れて、父親はおかしくなって行った。妻に対する独占欲を持つ一方、頼りにされる肝っ玉な彼女を妬む気持ちも彼は持っていた。母親は母親で、これを機にハーレムを持てばいいという勧めを頑として受け入れようとはしなかった。


 カラック家を取り巻く暗雲は急速に嵐へと発達した。カラック家へ出入りするようになった男の誘いで父親がギャンブルにのめり込んだ。ギャンブルを教えた男は、金を貸してそれをネタにカラック家へ入り込もうとしたのかもしれない。すべてはキャメロンの推測だったが、意外と当たっているんじゃないかとレンは思った。


 いずれにせよそれは致命的だった。父親はとうとう母親の治療費にまで手をつけた。キャメロンは名門と呼ばれるような寄宿学校に通っていたので、そういうことに気づくのが遅れたし、そもそもがんぜない子供であったキャメロンがどこまで父親の暴走を止められたのかは、わからない。


 気がつけばカラック家からわずかばかりの蓄えもなくなった。キャメロンは寄宿学校を退学せざるを得なくなった段階で、ようやく家の惨状を正確に知ったのだった。そして追い討ちをかけるように母親が亡くなった。


 母親が患っていた病気はストレスが大敵だった。父親の素行が母親にとってストレスになったかどうかはわからない。母親はとにかく父親に対しては妙に甘かったから、というのがキャメロンの言い分だ。


 キャメロンは話すのが辛いのか、ときおり痛みをこらえるように目を細める。それでもキャメロンは話すのをやめようとはしなかった。きっと、だれかに聞いて欲しかったのだろう。レンはそう解釈する。


 かつての父親は頼りなかったが優しかった。少なくともキャメロンにはそう見えていた。しかし今や父親は暴君と化し、キャメロンに命じた。――女になって金持ち男を引っかけて、結婚資金の名目で金を引き出して来い、と。


 変身薬の出所までは知らないが、質のいいものではないとキャメロンにはわかっていた。それでも母親が亡くなり、寄宿学校を退学することになり、朝から晩まで借金返済の名目で違法に働かされていたキャメロンには、父親に反抗する気力など残っていなかった。


「でもさ、おれはそんなバカバカしい命令をされた時点で抗うべきだったんだよな。でも女っていうだけでちやほやしてくる男を見てたら、おれは女のままのほうが幸せなのかな、とか。でもそんな犯罪行為はダメだろって思ったりさ……どうすればいいのか、なにをするのが正解なのか、わからなくなって……」


 キャメロンが常飲していた変身薬には、女性としての生殖機能を持たせる能力まではない。学長によるとそういうことが可能な変身薬もあるが、非常に作成難度が高い上に、無許可で作成することは違法であるとのことだ。


 このままキャメロンが変身薬を常飲していれば、確実に体を壊すとは養護教諭の言葉である。キャメロンも質のいい薬ではないという自覚はあったようだが、それでも飲み続けたことを考えると、レンは色々と怖いなと感じる。


 母の死、名門校を退学せざるを得なくなり、昼夜問わず働かされ続ける。そんな状況が、キャメロンから聡明さや判断力を奪ったのだろう。虐待され続けた人間が、虐待者に抗おうという気を失うのと同じことが、キャメロンの身に起きているに違いなかった。


「太い」実家も、女であることも――すべてはまやかしだったのだ。そう思うとレンは不思議な気持ちになった。だれもかれもがキャメロンを見ていなかったということになる。そうであれば、今ここで苦しそうに身の上を語るキャメロン・カラックはだれなのだろう? そもそも、彼の語ったことがすべて真実である証拠はどこにもない。


 そんな疑念がレンの中で湧き立ったが――疑心に駆られるのは、やめた。


「めちゃくちゃやれば放校されるかなって思ってやってたんだ。その先に展望があったわけじゃないけど。……ごめん。謝って済む問題じゃないけど、悪いことしたとは思ってる」

「つまり、ほとんどヤケっぱちになってやってたってこと?」

「そうなのかな……。たぶん、そう」


 キャメロンの言葉を聞いて、レンは彼を……許すことにした。たいがい甘ちゃんな自覚はあるが、アレックスのときと同様に、キャメロンを責める気は起きなかった。自分でもなにをしているのかわからなかったということは、それだけキャメロンは追い詰められていたということだ。情状酌量の余地はあるとレンは思った。


「……なあ、あんたに聞くことじゃないって、頭ではわかってるけど……おれはこれからどうすればいいと思う?」


 レンを見上げるキャメロンの瞳は、あきらかに助けを求めて叫んでいた。

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