(34)

「あ」


 渦中の人物、キャメロンを見つけてレンは思わず小さく声を出していた。隣を歩くアレックスはレンの声に釣られたのか、視線の先を見て表情を変えた。相変わらず可愛らしい容姿に、甘ったるい猫撫で声を発しているキャメロンの前には――ベネディクトがいたのだ。レンたちとはそれなりに距離があったので、なにかしら話し込んでいることくらいしかわからない。


 しかし中庭を挟んだ向こう、遠目にもキャメロンが前のめりになって話しかけているという雰囲気は伝わってくる。ベネディクトがいつもの仏頂面でそれに応えているらしいことも。しかしベネディクトは仏頂面でも元がいいから超然とした雰囲気を纏える。そういう部分、美形は得だなとレンは思った。


 そして並ぶベネディクトとキャメロンを見つめてレンは、「美男美女で絵にはなるなあ」などとどうでもいいことを考える。見た目だけなら眼福であるが、両者ともに一筋縄ではいかない人間だということをもちろんレンは知っている。だから「絵に『は』なる」と思ったわけであった。


「センパイもああいう、いかにも女の子ってタイプが好きなのかね? 趣味悪ー」

「どうだろう? でも仮にベネディクト先輩とキャメロンが恋人同士になったら……それは事故って感じだよ」

「……まあ、言いたいことはわかる。どっちも癖が強いからな……」

「すぐ大喧嘩して別れそう」

「わかる」


 アレックスが言うように、ベネディクトもキャメロンも、見た目だけなら可憐で大人しそうだが実際はそうではない。かなり癖が強いし、一筋縄ではいかない。手綱を握るのも難しい暴れ馬のような人間である。


 そんなふたりは絵にはなるが、実際に恋人となればすぐに別れそうだというところでアレックスとレンは意見が一致する。そしてもし恋人になったらなどと、どうでもいいことをこねくり回して失礼な結論に至る。


 しかしそうやってレンとアレックスが無駄に時間を消費しても、ベネディクトとキャメロンの会話は終わらなかった。相変わらずキャメロンは妙に前のめりだ。実際に胸を突き出すような恰好をしている。己の武器をしっかりとわかっているんだなあとレンは思った。


 だがキャメロン御自慢の豊満な胸部はベネディクトの前では無力だ。レンが見る限りベネディクトは一度たりともキャメロンのその大きな胸を見ていない。レンですら会えば思わず視線を向けてしまいそうになるキャメロンの胸に、ベネディクトはまったく興味がないらしかった。


「アレックスはキャメロンみたいなのはタイプじゃないの?」

「あざといのは嫌いじゃないけどさー。物事には限度ってもんがあるだろ?」

「つまり……キャメロンはタイプじゃない、と」

「まあね。……つかベネディクトセンパイ、放っておいて先に食堂行かね? なんかおしゃべり終わらないみたいだしさ」

「うーん。でも中庭の銅像前で待ち合わせって決めてるし……」

「そんなんメッセ送っとけばいーじゃん。ここ寒いし、早く食堂行って席取らね?」


 中庭の銅像前は定番の待ち合わせスポットだが、ここのところは人影はまばらである。理由は単純で、本格的に季節が極寒の冬へと入り始めているからだ。待ち合わせをする場所をそろそろ変えたほうがいいかもしれない、とレンは思う。


 それにしても、とレンはベネディクトとキャメロンを見る。本当に絵に「は」なるふたりだ。片や氷の美貌を持つ学年主席の奨学生スカラー、片や古い名家の出で今まで学校に通ったことがない箱入り娘にして美少女。肩書きだけなら恋愛モノのフィクションに登場するヒーローとヒロインという感じである。キャメロンが編入生というところも、ぴったりだ。


 ――ん? ヒロイン、みたい……?


 ふたりをなぞらえてそこまで考えて、レンは心に引っかかりを覚えた。そしてレンがそうやって考え込んでしまったところで、ようやくベネディクトが中庭を挟んだ向かい側の通路にレンとアレックスがいるのを見つけたらしい。腕を触ろうと手を伸ばしたキャメロンを振り払うや、ベネディクトは大股で中庭を横断する。


「レン、来ていたなら声をかけてくれ」

「オレもいるんすけど~? ってかセンパイ、キャメロンとずいぶんと仲良さそうでしたね?」

「君の目は節穴のようだな。彼女とは先ほどが初対面だし、そもそも仲良くなどしていない」

「えー? 本当にー?」

「本当だ。彼女は馴れ馴れしく僕のことを愛称で呼ぼうとしてきたから、断っただけだ。僕はそもそも『ベン』だとか『ベニー』だとか、愛称で呼ばれるのは好きじゃないというのに、彼女がしつこくてね。困っていたところだ」

「あー……それは鬱陶しいっすね。……でもそんなこと言って実は~とか、ないっすか?」

「ないな。ない」

「本当かねえ。なあ、レンだってさあ……レン?」

「レン? どうした?」


 アレックスとベネディクトのいつもの険悪な応酬――大体はアレックスがベネディクトを煽ろうと腐心している――が中断される。レンが不自然に黙り込んでいることにふたりが気づいたからだ。レンの目はぼんやりと宙を見ていたが、その脳はめまぐるしく回転していた。ふたりに声をかけられても、気づかないほどレンは思考に没頭していた。


 レンは気づいたのだ。異世界からやってきてイケメン逆ハーレム――ふたりしかいないが――を築いている己は、「ざまぁ」される女の特徴てんこもりでは? ――と。


 きっかけはキャメロンの、反感を買いまくっている言動だった。女性向けライトノベルだったら「ざまぁ」されるキャラクターの特徴に当てはまっているなあなどと考えたレンは、翻って己もそうではないのか? と斜め上に思考をかっ飛ばせた。


 異世界から事故で召喚……その当のイケメンが罪悪感から世話を焼き……イケメン先輩は借りを返すためにハーレムへ……イケメンふたりを侍らせて学校生活……。


「やばい」

「は?」

「なにが?」


 ――反感を買って最終的に「ざまぁ」される女の設定満載じゃん! 知ってる! めちゃくちゃよく知ってる! 私はオタクだからこういうのには詳しいんだ!!!


 ……レンはそう思い込んだ。「だれに『ざまぁ』されるんだよ」、とかいう突っ込みをしてくれる人間はレンにはいなかった。なぜならすべて自己完結させて脳内だけで出した結論だからだ。


 レンはオタク脳を暴走させた。そして己が「ざまぁ」されるような女の特徴を備え持っていることにあせりを感じた。途中で冷静になって己を省みればその荒唐無稽さに気づけただろう。しかし暴走するレンのオタク脳へ、さらに火を放つ女が現れた。――キャメロンである。

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