(14)

 レンはバイキング形式で料理が並ぶ中を目移りしながら、トレーに置いた白い皿へとあれやこれやと盛りつける。生活費は学長の負担だ。ということはこの食事はタダみたいなものかと思うと、なんとなく得したような申しわけないような、複雑な気分になる。


 ケンは茶髪に癖っ毛の、イケメンというよりは可愛らしい容姿の男子生徒だった。軽く自己紹介を交わしたあと、レンはイヴェットに招かれてその隣の席に腰を落ち着けることになった。内心、己がこの美少女の隣を独占してもよいのか悩んだが、先輩自らの誘いとあっては断りにくい。


 レンは「同性だしいいか」という開き直りをしてそそくさとイヴェットの隣に陣取る。イヴェットの右手側には彼女のハーレムの成員たちが、レンの左手側にはアレックスとその友人たちが座ることになり、自然と一年生と二年生にグループがわかれる。


 周囲からの好奇の視線を感じつつも、なごやかに食事はスタートする。「今日はローストビーフがあるからアタリ」とアレックスが言った。レンの皿の上にももちろんローストビーフは載っている。


 ひとり暮らしをしているレンの食事はコンビニ弁当、ときどき自炊というひどくテキトーなものだった。なので学校に雇われたコックが作っているという料理の数々を目の前にすると、不健康な生活を送っていたことをより後ろめたく感じる。


 この学校にいるあいだは健康に暮らせるかもしれないと思いながら、レンはマッシュポテトを口に運ぶ。思ったよりも味がなくてびっくりする。


 ふと目の前に座るアレックスの友人たちを見る。彼らの動きはどこかぎこちなく、緊張しているのがありありとわかった。そりゃあイヴェットのような絶世の美少女と同席しているのだ。緊張もするだろうとレンはひとり納得する。


 きっと、イヴェットは彼らからすれば高嶺の花なんだろう。憧れの美しい先輩と同席する……。それもひとつの青春だとレンはまだ青春が終わっていない身で考える。おまけにこの世界では女の子は「レアキャラ」だろう。もしかしたら言葉を交わす機会にだってなかなか恵まれないのかもしれない。


 そんなことを考えながら左隣にいるアレックスを見やった。彼の目の前の皿には肉類が大盛りになっている。育ち盛りなのだろう。そんなアレックスは友人たちと違って特に緊張している様子はなかった。イヴェットに誘われたときも即答はしなかったし、やはり彼女にあまり興味がないのかもしれない。


 好みは人それぞれ。アレックスのお眼鏡にイヴェットが適わないのだとすれば、彼の理想はいったいどんな美女なんだろうと、レンはフォークを動かしながらくだらない思考に溺れて行く。


 今日の授業はどうだったかとか、課題がどうとかいう話題がひと通り交わされると、今度はその矛先がレンへと向かう。みんなあからさまな態度には出さないものの、異世界人であるレンに年相応に興味があるのだろう。レンはそれを鬱陶しいとは思わなかったが、みんなが満足できる返答が己になしうるのか考えて、ちょっと不安になる。


「レンは向こうにハーレムとかあったの? いたらどれくらいの規模だった?」


 あけすけな質問をぶつけてきたのは隣にいるアレックスだ。レンと違ってあれほど大盛りだった皿の上は綺麗さっぱりなくなっている。すっかり胃に収めて食後の紅茶を嗜んでいるアレックスは、純粋に疑問に思っているという目で隣のレンを見る。


「ハーレムは持ってなかったから……っていうか私の世界じゃハーレムを持つ女の子はまずいないから」

「それは……危なくないの?」


 次に疑問をぶつけてきたのはイヴェットだ。わずかに目を瞠り、おどろきの顔をしている。そんな心境でいるのは他の男子生徒たちも同様らしかった。


「えー……女の子がひとりで夜に出歩いたりすれば危ないですけれど。私の世界では女と男の比率はだいたい半々なので……」

「半々?!」


 びっくりした声が重なる。しかしそのあと、みなレンが異世界人だということを早々に思い出したらしい。思い思いに「異世界ってすごいなあ」だとか「半々ってことは女の子がたくさんいるんだ」などとだれに言うでもなく口にする。


「ふーん、だからレンはハーレムとか持ってなかったわけね」

「そうそう。あと『ハーレム』って言葉で想像するのって、男ひとりに対して女たくさん、って人が多いと思う」

「女を侍らせるだなんて……夢みたいな世界だ……」

「本当に異世界人なんだな……」


 アレックスに続いて彼の友人たちが呆然としたように言葉を続ける。元の世界でも一部の男性からすればハーレムは「夢みたいな世界」だろう。けれどもこの異世界では輪をかけて「夢みたいな世界」なんだ、ということをレンは実感する。


「だから、基本的には付き合いは一対一。一夫一妻の単婚が基本だから、こっちの世界では違うって聞いておどろいた」

「そりゃおどろくだろうな。オレたちもおどろいたわけだし。……で、向こうで恋人のひとりくらいはいたのか?」


 アレックスの質問は、今度は純粋な疑問から出ているわけではないことをレンは察した。なぜなら彼が意地悪く笑っていることに気づいたからだ。昨日のしおらしい大型犬のような姿は幻だったのだろうかとレンは思う。いや、恐らくこちらがアレックスの本性なのだろう。なんだかレンは騙された気持ちになる。


「いないけど」


 その瞬間、なぜかレンの周囲がざわっとかすかにどよめいた。なぜそのような反応をされたのかわからなかったレンは、挙動不審気味に目を泳がせる。それほどに妙な回答だったのだろうか? とレンは見当違いな考えをする。


 言うまでもなく、周囲がざわめいたのはレンが完全フリーの女だということが判明したからだ。既に女性と知れ渡っているレンは、男子による己の争奪戦が始まろうとしていることにまったく気づいてはいなかった。

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